特別指令:クリスマスの孤独を打開せよ

 その年の12月25日も、やはり教室での撮影会だった。クリスマスに特殊な用事があるわけではないので、わたしは加持の撮影の準備を手伝うことにした。撮影そのものには参加しないが、手伝いくらいならしてもいい。そんな基準がわたしの中にできつつある。
 撮影は滞りなく終了し、亀梨と保坂はそれぞれ、夜にはパーティをするのだと言って去っていった。保坂の私生活は想像できないが、亀梨はたぶん家族パーティだろう。家族サービスがよく似合う、非常にありふれた少年だ。
 唯一、加持だけは去らずに教室に残っている。彼には、夜にパーティへ行くような用事はないのだろうか。わたしは、だらだらと時間をかけて片付けをする彼の背中を、じっと見ていた。
「クリスマスってさ、つまんないよな」
急に、加持夏輝はいじけた顔でそう言った。空気の読めない発言だ。すくなくとも、クリスマスに一緒にいる人間に対して言うことではないと思う。
「どうしてです?」
わたしは、呆れた顔で問い返した。いつのまにか片付けを終えて、加持は教室の床に転がっている。大掃除は済んでいるとはいえ、そういう場所に寝転がるのはいかがなものだろう。まったく、この人といると呆れることばかりだ。
「恋人いるヤツらは、ケーキ食ってホテルだろ。この既定路線は揺るがんだろう」
加持のあけすけな物言いに、わたしは顔をしかめる。
「未成年の前でホテルとか言わないでくれますか?」
加持はぽかんとした顔になる。どうやら、そんなことは気にもしていなかったらしい。
「ユカちゃんは、その程度の単語で心が乱れるような子じゃないと思ってたよ。ごめんね」
……たしかにそうだ。セクハラだと感じたり、不快感を覚えたりすることはない。普段、AVの話ばかり聞いているのだから、当然といえば当然か。加持という、ある種"純粋"な男が必死に愛しているものだから、わたしは性に対して嫌悪を覚えたりはしていない。では興味があるのかと問われれば、特に興味はないが。
 わたしがぼんやりとそんなことを思案しているあいだに、加持は話をつづけていた。
「恋人いないヤツらは、『リア充爆発しろ』と『クリスマスは中止』と『大丈夫、おれたちがいるじゃないか』のトリプルコンボ。これもだいたい既定路線だろう。恋人いるヤツらと自分は違うと思っているのかもしれないが、結局、毎年おんなじことを繰り返すという意味ではたいして変わらない」
「じゃあ、加持さんは何を考えて、何をするんですか?」
ハッとしたように起き上がり、彼はわたしのほうを見た。
「ぼく?」
加持はよく自分のことを棚に上げる。というか、忘れる。そんなところがオタクらしいともいえるが、客観性を追求するあまり、主観を見失うことがあるのだった。
 加持は、急いで答えなければならないと思ったのか、早口でこう言った。
「ぼくは――トナカイコスの女性は素晴らしいと思っている」
「……俗っぽいですね」
あと、必死になるあまり、『何をするか』に対する回答が抜けてしまっている。正直すぎて、残念。いつもの彼だった。
「いや、ちょっと待て。もうちょっとまっとうな方向性で考えなおすから」
考えなおさなければならない時点で残念である。思わずくすくすと笑ってしまった。
 笑っているわたしを見て、加持は表情を和らげた。そして、あらためて問い返す。
「じゃあ、ユカちゃんはどうなんだ? 去年のクリスマス、何をしてた?」
「お兄ちゃんの作ったケーキを食べてました。うち、両親が家にいないことが多いから、いつもお兄ちゃんと一緒だったな。……今年以外」
そういえば、兄と別々に過ごしているのは、今年だけだ。今頃、どうしているんだろうか。兄には加持は友人であると伝えてあるが、兄とのクリスマスをすっぽかしてまで、この妙ちきりんな友人と過ごしてよかったのだろうか。
 兄はいつだって静かで、何も言わない。それゆえ、わたしは兄のことが時折心配になる。何を考えているやら、よくわからないから。
 黙ってしまったわたしを見やり、加持はぽつりと言葉を落とした。
「よし、これから園田家に行こう」
「はい? アポもなしにそんなの、非常識ですよ」
わたしの言葉を聞いて、加持は眼鏡を押し上げて、きりりとした顔になる。まじめなことを言うときの彼の顔。わたしは、この顔がけっこう好きだ。
「園田家の兄をひとりぼっちで放置しているなど、聞いていなかった。ぼくたちに関わってくれるのはいいが、そういうのはよくない。ということで、これから兄君と一緒にパーティだ」
会ったこともないのに、兄の身を案じてくれているというのか。
 おそらく、加持自身が寂しいクリスマスを過ごしてきたからこそ、兄の孤独を想像できるのだろう。
 今日だって、加持が妙にゆっくりと片付けをしていたのは、ひとりぼっちで過ごしたくなかったからかもしれない。
 でも、そんな不器用な彼のことを、わたしは気に入っている。
「加持さんは優しいと思いますけど、行動が読めなすぎて困ります」
果たして、兄はこの人を見て、何を思うだろうか……ドン引きされなければいいのだが。まず、銀髪の時点でドン引きしかないような気がするが。
 外に一歩踏み出すと、雪が降っていた。黒地の空に降り注ぐ雪は、加持の銀色の髪に似ている気がした。
 兄はおそらく、この人を見てびっくりするだろう。だが、そんなサプライズもクリスマスにはふさわしい。そう考えつつ、わたしは空を見上げたままで笑った。

+++

 同日、同時刻――。
 園田トシキは、パソコンの画面をぼんやりと見つめていた。
「あー、ユカもついに、クリスマスに家をあけるようになったか」
ぼそぼそとひとりごとなどをつぶやいてみる。トシキ自身、クリスマスをひとりで過ごすことには何の抵抗もなく、むしろ例年にないシチュエーションを楽しんですらいる。「ひとりは寂しい」などという通俗的な概念には縁のない兄である。しかし、妹がいったいどこで何をしているのか、そのことはとても気になるのだった。
 トシキはマウスを操作し、ネットサーフィンのつづきを開始する。最近のマイブームは、ストリーミング配信での動画視聴である。ドラマやバラエティのような超人気番組から、素人がつくった同人制作動画のようなものまで、近頃のネットにはいろんなものが売られている。トシキは特にオタクではないが、転がっている雑多なものをつまみ食いするのは非常に好きなクチである。毎月、動画を大量に買って見ているせいで、最近どうも金欠気味になってきている。
 そんな彼が最近注目しているのが、ストリーミングで安価で配信されている、素人制作ものらしきAVだった。
 最初は、多くの男子がそうであるように、オナニーのために見ていた。しかし、そのAVのなんとも言えない味に惹かれ、今では、内容が楽しみになってきてしまっている。ストーリー自体は魅力的というわけではなく、ただただ荒削りとしか言いようがないのだが、つくり手の情熱が透けて見える。そんな動画なのだ。
 今日も、その動画の作者のサイトへ飛び、トップページを眺めている。
 業者に委託したわけではなさそうな簡素なHTMLで構成された、古きよき"ホームページ"といった風情のサイトだ。
 サイトの中心には、こんな文字が踊っている。

 
 
"特撮!最前線"
監督・プロデューサー・その他雑用 "加持夏輝"
このサイトは、彼の主催する"日本防衛機構"の活躍を記す広報機関である。
機構の機密保持のため、他の所属者の情報は秘匿することとする。
 

 おおげさに記された文字列の下に、「このサイトは18歳未満立ち入り禁止です」とお決まりの文言が書かれているのが、むしょうに楽しい。
「この加持ってやつ、どんなやつなんだろうな。なんかかっこいい名前だし、たぶん本名じゃねえよなあ……」
トシキがそうつぶやいたとき、インターフォンの音が家中に鳴り響いた。ユカが帰ってきたのだ。
 あわてて、いかがわしいサイトを閉じ、閲覧履歴を全部消した。
「はーい、今開ける」
彼は、あたたかく暖房のきいた部屋から、冷たい廊下に飛び出した。
 妹の連れ帰った珍妙な来客のことは、もちろん知らないままで。


20151224

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