修業のための失踪はヒーローには欠かせない
すべてを加持に話してもらおう、と思った。こんなふうに、秘密を抱えて、気を使い合って……そういうくだらないやりとりがつづくなんてまっぴらだった。わたしは、そんな気まずい人間関係を黙認するほど優しくはない。加持のところへ行って、彼を問い詰めてぜんぶ吐かせよう。兄に聞くのは無理でも、加持ならば……。
しかし、加持を問い詰めることはできなかった。
研究会の集まりにやってきたわたしを待っていたのは、一通の手紙だったからだ。
やあ、諸君。きょうも地球の平和を守っているかい?
という、バカまるだしの書き出し。まちがいなく加持だ。
書き出しこそふざけているが、それ以降の内容は、彼にしては珍しく真剣なものだった。
結論から簡潔に言うならば、加持夏輝はしばらく失踪する。
心配はしなくていい。いずれ戻ってくるから。
失踪の理由はここには書けない。なぜなら、他人のプライバシーに関わることだからだ。
だが、ひとつだけ言っておく。ぼくには覚悟がなかった。覚悟がないのに闘いに手を出すヒーローは、必ず失敗し、挫折を知る。そういうものだろう?
ぼくは挫折を知ろうと思う。もっと広い世界を見に行くよ。
しばらくお別れだ。もし、ぼくが答えを見つけられたなら、そのときはきみたちときちんと向き合うよ。
ユカちゃん。きみのことも、なあなあにしたりしない。約束しよう。
なお、この手紙は読み終えると自動的に爆発する……と言いたいところだが、実際には爆発しないので、各自で破棄してくれたまえ。
加持夏輝
世界が止まったような気がした。
……なんだこれは。
失踪する?
広い世界を見に行く?
いったい、なぜ?
「なんの冗談なんでしょう?」
と思わず保坂に聞いてしまったが、彼は厳しい顔をするだけだった。
「あいつはこういう冗談は言わないと思うよ」
「冗談でなかったら、なんなんです? 失踪だなんて……」
「加持夏輝ってやつはバカだけど、勝算のないバカはやらない。帰ってくるというなら、ほんとうに帰ってくるんだろう。ぼくらはそれを待つだけ……そういうことだ」
保坂はさすがに、加持の扱いを心得ているようだ。もしかすると、以前にも似たようなことがあったのかもしれない。
「待つだけ、ですか……」
キテレツな変人が一人、どこかへ行ってしまっただけだ。
迷惑が減って嬉しいと思うのが普通ではないだろうか。
でも、わたしはとても寂しいと思ってしまっている。
加持のいない日常が物足りなくてたまらない。
そんなふうに感じる自分に、とても驚いた。
+++
――その夜、夢を見た。
学校に悪の秘密結社がやってきて、わたしの教室を壊そうとする……そんなバカげた夢。
わたしの目前で怪人が鉈を振り下ろそうとした、ちょうどそのとき。
「待った! この学校を壊すことは絶対に許さん!」
と言って、見覚えのある銀髪の男が登場する。
同時に、銀髪男の腹のあたりに赤いベルトが出現……彼はそれを軽く叩いて、両腕をくるりと回転させた。
「ユカちゃんの学校は、このわたしが守る。変身!」
現れたのは正義のヒーロー。彼は秘密結社をコテンパンに叩きのめし、そのまま窓を割って飛びだしていく。
敵を翻弄するジャブ。目にも止まらない軽やかなアクション。決めの飛び蹴り技。現実ではありえない、ふわふわしたワイヤーアクションめいた動き。そのすべてに、魅了された。
バカげた夢だ。だれかさんの悪影響を受けすぎている。年頃の女子が見るべき夢じゃない。
でも、妙にかっこいいヒーローだった。ときめいてしまいそうなほど、魅力的な……。
笑い飛ばしてもいいくらいの夢なのに、目が覚めてから、むしょうに悲しくなってしまった。
+++
そういえば以前、加持とこんな会話をしたことがある。
「ヒーローって、自己中心的だとは思わないか?」
めずらしくシリアスな顔で、加持はそう問いかけた。
「……自分を犠牲にしてでも、他人を救う。それがヒーローというものではないのですか? 自己中心的というのとは、真逆だと思いますけれど」
「だれが救ってほしいと頼んだのかね? 救われたくないと思っているかもしれない人間に、救済を押しつける。かっこよく活躍して、去っていく。その場に残された人間のなかに、なにが残ろうとも、彼らは戻ってこない。闘いのなかへと帰っていくヒーローの背中を見ながら、ふつうの人間はなにを思うのだろう?」
「……ふつうは、助けてくれて嬉しいなって思うんじゃないんですか? 怪人に襲われて、死ぬかもしれなかったのですから」
加持は寂しそうに笑った。彼がそんなふうに暗い顔をするなんて、そうそうないことだった。
「ぼくはね……もし、自分の前にヒーローが現れて、かっこよく活躍して去っていったなら、劣等感に苛まれると思う。ぼくは彼らになることはできないのに、彼らはこれからもずっと闘いつづけていくんだ。ぼくは救われる側で、彼らは救う側。だれよりもヒーローを愛しているのに、ヒーローにはなれない。そのことがとてもつらいんだ」
正直な話、彼がなにを悩んでいたのか、どんな不満を抱えていたのか、いまだにわからない。
ただ――
『ぼくはヒーローにはなれない』
その諦念めいた言葉こそ、加持の漏らした、秘密めいた本音の一部だったのかもしれない。
いつだって、彼は明るかった。明るいがゆえに、本音が見えなかった。
今回、彼がわたしの前から消えたことによって、わたしは明るくないほんものの加持を探さなくてはならなくなった。そんな気がしている。
もし、彼が戻ってきたならば、夢のなかの彼の話をしてやろうと思っている。
――あのときの加持は、たしかにヒーローだった。
ヒーローになれないなんて、そんなのは加持の勝手な決めつけにすぎない。
的外れだとしても、そう言ってやりたい。
加持が巻き起こす不可思議なコメディめいた日々は、こうして終わりを迎えた。わたしは彼の帰還を待ちながら、不穏な予感を抱え続けなければならないということになってしまった。
加持という人は、とても自己中心的なのかもしれない。存在しない夢ばかり追いかけている。今回だって、夢の切れ端を求めてどこかへ行ってしまったに決まっている。残されたわたしの気持ちなんて、考えていない。でも、そんな彼のことを嫌いになることはなかった。
むしろ、彼がパワーアップして戻ってくるのがとても楽しみだったりもする。まるで、ヒーローが秘密の修業をして戻ってくる、少年漫画や特撮のお約束を追い求めるように、わたしは加持の帰りを待っている。
20170517
戻る