『世界』

ミクシィのトピックに書きこみをして、わたしは一息ついた。
特にどうということもない、テレビ番組の感想。
質問調でも批判でもないその書きこみは、レスもつかずに流れてしまうだろう。
そう思って、そのまま寝てしまった。

異様にトピックが進んでいることに気付いたのは翌日のことだった。
開いてみると、その大半がわたしへのレスだった。
わたしの感想に対するレスというよりも、わたし個人の情報の晒しが大半だ。
マウスを動かしてクリックすると、写真や動画へのリンクが大量に貼られている。
わたしという個人への悪意ある攻撃を――数えきれないほどの人間が行っていた。
世界は、一晩のうちに狂っていた。
誰か一人の悪意ではない。
世界全体が、わたしを排斥しようとしている。
世界の悪意のスイッチを押してしまったのは、誰なのだろう。わからない。
しかし、わたしは冷静だった。なんだか、すべてが予定調和に思える。
結局、なるようにしかならない。
そんな気がする。

動画の一つをクリックすると、ハンディカメラで撮影されたらしき映像が再生され始める。
画面の中央にいるのは、ショートカットで眼鏡をかけ、セーラー服を着た少女。わたしだ。紺地のレトロなセーラー服に、赤いネクタイが妙に鮮明に映る。隣にはクラスメイトらしき少女が映っていて、二人の背後にあるのは林だ。校外学習か何かだろうか……と、記憶をたどった。そのとき、『その出来事』を数年ぶりに思い出した。
校外学習などという、愉快で薄いものではない。
あれは――葬式だった。
高校のとき、クラスメイトが死んだのだ。
紺のセーラー服と赤いネクタイ、黒いふちの眼鏡――同じ顔をした、同じ人間たちの葬列。
葬儀が行われたのは、林の中の葬儀場であった。
山の中にある葬儀場に行くまでの道のりは、まるでハイキングだった。
教師に連れられて林の中を練り歩く、セーラー服の群れ。
なんだかとても楽しくて、葬式なんてことを忘れて少女たちははしゃぎあった。
小さな崖を滑り降りたり。
記念撮影をしたり。
とても楽しくて充実した時間。
死んだ彼女の骨が出来上がるまで、そんな風にはしゃぎながら待っていた。
彼女が誰だったか、何故死んだのか、誰も知らない。
ただ、クラスメイトが死んだという非日常が――彼女たちの心を明るくした。
暗く閉ざされた、学園という異常空間で、彼女たちには癒しがそれくらいしかなかった。

動画は二分ほどで終わってしまい、わたしは意識を現実に引き戻す。
この世界のありあまる悪意は、もしかすると死んだ彼女の感情なのかもしれない。
あの頃、人の死を弄んだ私たちへの、悪意。
つまるところ、彼女は世界で、世界は彼女だった。
世界には逆らえないから、わたしは深呼吸をして、パソコンの画面から視線を上げる。
ねえ、『世界』。
あなたの死は、今でもここに在る。
それって、とてもすてきなことではないかしら?
世界は答えない。
その間にも、トピックへの膨大な書きこみは、増しつづけていた。
永遠に、その情報の氾濫は止まないのだろう。
それが、彼女の望みなのだ――そんな彼女を、わたしは畏怖し、悼む。
せめてもの罪滅ぼしだとでも、言うように。




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