世界で一番バカなアントレさんの話

さて、なんだかよくわからないけど問題だ。
目の前に、めちゃくちゃ顔がかわいいのに性格の悪い女子がいる。
僕自身は非常に理性的な人間であり、特に性的に餓えた獣とかそういうのではない。
だが、できるだけ楽な手段でかわいい女子とお付き合いできるのならそれに越したことはない、と思う程度には童貞である。
だからまあ、目の前にいる彼女と、どうにかして付き合いたいなー、とか思っちゃったりしている。
ひゃっほう、青春だね。
目下のところの問題は、僕の外見が普遍的なこと……ではなく、僕の学力がしょぼいこと……でもない。
目の前にいる彼女は人間ではないということだった。
彼女は【アセット】――そして僕は【アントレ】。
なんだかよくわからないが、そんな風な関係、らしい。


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少女と出会い、恋愛を夢見た数週間後――僕は、少女の前で、頑張って笑顔を作ってこう言ってみた。
「今日のディール、お疲れ様」
「私は特に疲れていません。そしてあの程度の運動量で疲れるようなら、あなたの体力は普通以下だと断じずにはいられません」
純粋にねぎらいの言葉をかけたというのに、思いっきり罵倒された。正直、凹む。
「確かに僕は帰宅部だし、小学校のときの体育の成績は『がんばりましょう』だったし、徒競走でも常に最下位ですけどね!」
これは自分で言ってて悲しい!……僕は涙をこらえて続ける。
「でもな!それはおまえに言われなくてもわかってんだよ!」
「わかっているという事実が、わかっていないことよりも優位だと考えてしまう……その短絡的思考回路が既に、下等生物のそれだと言わざるを得ません」
「何言ってるかわかんないけど、僕のことをバカにするのはやめろよ!おまえ、僕の味方じゃないの!?」
少女はふしぎそうに首をかしげた。「味方……というのはどんな事象を指して使われる言葉なのか、定義が不明瞭です」
テイギとかフメーリョーとか、意味わかんないことぬかすなよ。あとジショーってなに?
くそ、僕がちょっと頭悪いからってバカにしやがって!
「……アセットはアントレにさまざまなことを教えてもらって成長するものだ、と髭の人は言っておられましたが、アントレがかくも無能すぎると、従属すべきアセットは何をどう学べばいいかわからないですね」
「言葉の意味はよくわかんないけど、僕の悪口を言うなよ!」
「悪口だけは察知できるのですね……」
少女は呆れたようにため息をつく。
彼女の言う『髭の人』というのは、この間出会った、謎のアントレである。
超かわいい少女型のアセットを連れていて、
「ウヒョー!うらやましい!僕の辛辣すぎるドSアセットと交換してくれないかな!」
と一瞬思ったのだけれど、謎の髭紳士のアセットは、どこ吹く風でミダスマネーをそのまんまむしゃむしゃ食っていた。うん、やっぱ交換しなくていいや。紙幣を食う女子はちょっと守備範囲外だ。
アセットというやつはどうやら、人間離れしているのがふつうであるらしい。
外見がかわいいからといって騙されてはいけない。もちろん、僕の辛辣毒舌性格最悪アセットも例外じゃない。
僕はもう一度頑張って、話を元に戻してみる。
「味方っていうのは、たがいに優しくして協力するってことだよ! 髭のおっさんだって、あのヤギっぽいアセットと仲よさそうだったろ」
「優しくして協力すれば、ディールに勝利できるということですか」
「ディールに勝つのも大事だけど、それ以前に、仲悪いやつとタッグを組むって、ちょっと気まずいだろ。どうせなら仲良くした方が楽しいじゃん」
「『楽しい』というのがどういう感情なのかわかりかねます。あなたはディールに勝ったら楽しいですか?」
「うーん、相手が破産しなければ楽しいかな。勝ったら嬉しいしな」
「『嬉しい』とは……?」
頭の悪い僕にしてみれば、『楽しい』なんてのは、さっきこいつが言った難しげな単語よりもよほど簡単に思える。
でもこいつには、その『楽しい』と『嬉しい』がわからないという。
そういう感情を共有していくのって難しいんだろうか。
アセットと相互理解を育むのって無理なのかな。
アセットと恋愛することが無理っぽいということはかなり初期の段階で悟っていた。でも、意思の疎通すら難しいとは思わなかった。
僕的には、ディールも相当な無理ゲーに思える。正直、どんな弱そうな相手でも、勝てる気がしない。ルールもいまだによくわからないし、テキトーに守ってテキトーにフレーションを撃つ、なんかよくわからんバトル、くらいにしか思ってない。実際、計略を巡らせて勝つタイプのアントレには何度か負けている。僕は非常に頭が悪くて運動能力もないアントレであるので、そのうち破産する可能性もゼロじゃない。そこらへんは考えないようにしている。
まあ、この少女と絆を育むのが無理ゲーだったとしても、今更、無理ゲーが一個くらい増えたところで別にかまわねーよなー。みたいな、なあなあな気分でしばらく過ごしている。
そんな気分のまま、僕は【壊し屋】と遭遇した。


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「オープン・ディール」……というその単語を聞いて、全身がすくむような気がした。おいおい、いきなりディールが始まるなんて聞いてない。やべえよ。何も準備してないのにディールとかありえねえ。奇襲とかありなのかよ。つーか相手誰だよ。
「でぃれくとおおおお!!」とやみくもに叫びながら右腕を振り回す。しかし何も起こらない。
「あれ?」
あまりの恐怖に目を閉じてしまっていた僕だが、おそるおそる目を開いてみる。
特にどうということもない、ただの公園の風景がそこにある。
「……あの、非常に申し訳ないのですが、あなたはバカですか?」
ベンチに座る僕の目の前には、見たことのない顔の少女がいた。
少女の背後にはすらりと背の高い男が立っている……ような気がしたけど、気のせいだ。誰もいない。
「うっせーよ! 僕は確かにバカかもしれないけど、知らない人にバカ扱いされるほどバカじゃない!」
知らない少女に大人げなく逆ギレする僕。うーん、バカかどうかはさておき、見苦しいな。
「いや、まさか私が『オープン・ディール』と言っただけで、ぶるぶる震えて目を閉じて、右腕を無意味に振り回しながら絶叫する、という哀れすぎるアントレプレナーがこの世に存在しているとは思わなかったのです」
少女は申し訳なさそうにそう告げたが、むしろ僕の方が申し訳なくなる。消えてなくなりたい。
「驚かせてしまって申し訳ありません。アントレプレナーたるあなたにいくつか質問があって来たのです。お時間、よろしいでしょうか」
非常に丁寧な口調だったが、この少女はなんだか怪しいな、と僕は思う。人間ではあるのだろうが、雰囲気としては真坂木と同じような感じだ。慇懃無礼というか、丁寧な口調の中に、本当の丁寧さが見えない。何より、顔に表情が全く浮かんでいない。僕のアセットも無表情な方ではあるが、この少女は目が滅茶苦茶うつろで、まるで恋人が死んだような顔をしている。
「質問って何? っつーか君は誰なのかな。ディールのこと知ってるってことは、アントレ?」
僕が質問すると、少女はゆっくりとお辞儀してみせる。
「私は白石マリエ。あなたと同じアントレプレナーで、アセットの名前はタイラです」
「そっか。僕は深瀬っていうんだ。アセットはルリ」
僕は余裕の笑みを浮かべながら自己紹介してみたのだが、さっきの醜態を見られているのもあって、イマイチ決まらない。
少女はそんな僕にはかまわず、
「あなたに聞きたいことがあります。そして、その答えによっては私とディールをしていただきたい」
「聞きたいことって何? 金融街の仕組みって?とか、真坂木の家ってどこ? みたいな問いかけだったら答えられないぜ」
空気が重苦しいのに閉口して、少しお茶らけてみた。少女は「真坂木の家なんて知ってどうするんです?」と意味のわからないところに食いついてくる。僕に聞かれても。
少女は淡々とした口調で、話題を元に戻す。聞きたいこととは――と前置きした彼女は、こう言った。
「あなたは、自分のアセットをどう思いますか?」
端的な問いだが、問いかけの意図がちょっとよくわからない。「どう思うってどういうこと?」
「アセットは金を稼ぐための道具だと思いますか? あるいは、日常的にアセットに暴力行為を働いてはいませんか? あるいは、究極的に言って――」
少女はたたみかけるように言う。

「【彼ら】と分かりあう気持ちは、ありますか?」

その一言で、この少女のアセットはたぶん男性型なのだろうなー、と思う。
そして、僕は少女が何者なのかを了解する。
――金融街に【壊し屋】が現れた、という噂は最近、よく聞く。
【壊し屋】はなぜだか儲けを度外視した意味不明なディールを行い、アセットを迫害するアントレを探し出して狩るのが目的なのだ――そんな噂の内容を聞いたとき、僕はよくある都市伝説の類だと思った。そういう噂があった方がなんとなくスリルが味わえるし、ちょっとぞくぞくするし、噂を広めるのはたぶん楽しい。
しかしまさか、その噂が事実だったなんて――ちょっとびっくりだ。
「それを聞いて、どうする? 僕を狩る?」
僕はあえて聞いてみる。少女は表情を変えない。
「【壊し屋】の噂を聞いていらっしゃるのですね。あなたがアセットを迫害していないのなら、狩ったりしませんよ」
無意識のうちに微笑む自分を、少し遅れて意識した。
目の前にいるのは悪名高い【壊し屋】のはずなのに、全然怖くなかった。
「僕は、ルリのこと好きだよ。今、君に言われて初めて考えてみたんだけど、あいつの毒舌がないとちょっと寂しい。何より、今まで僕が破産せずにやってこれたのって、絶対、ルリのおかげだし。あんな毒舌最悪辛辣女を褒めるのは悔しいんだけど、まあ好きか嫌いかって聞かれたら好きだね!」
外見、可愛いしね!外見だけは!という言葉は言わずに呑み込んだ。
口にした自分でもびっくりするくらいに、綺麗な本音だった。

……僕は実は、この【壊し屋】に問いかけられるまで、ルリとわかりあうなんて無理だし、あんな最悪なアセットのことなんか大嫌いだと思っていた。物理的な暴力じゃないにしても、その「嫌い」という感情は、もしかしたら迫害に該当したかもしれない。でも、問いかけられて答える瞬間に、実は「嫌い」って言う感情の裏には「好き」が隠れていて、その「好き」はけっこういい感じにカッコいい概念だと気付いた。感情というのは一筋縄ではいかない。僕はバカだけど、僕の感情はバカじゃなかったみたいだ。
僕はルリと一緒にいたい。
アセットとアントレは運命共同体だと信じたい。
どれだけ遠い存在でも、いつかはわかりあえるし、そこには明らかな絆があるって思いたい。

「そう、ですか」
壊し屋、と名乗る少女はほっとしたように息をついた。
実年齢が何歳なのか知らないが、その反応は年相応のものに思える。
「ありがとうございます、あなたを破産させることはせずに済みました。また、どこかでお会いしましょう」
少女は本当にそれだけが用事だったようで、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。
「おーい、ちょっと待ってよ!」
僕は少女の背に向かってこう言った。
「君も、自分のアセットのこと大好きなんだろ! あんまり悲しませるようなことしちゃダメだぞ!」
一旦虚を突かれたように口を開けてから、少女は頷く。
「ええ――そうですね。ありがとうございます」
そのとき、少女は初めて感情らしいものを見せた。
アントレを破産させることを生きがいにしてしまったらしい、かわいそうな【壊し屋】は――少しだけ、笑った。
その笑い方だけで、彼女がどんな心境でそこに存在しているのか察することができるような、悲しい笑みだった。
でも、感情を出して笑えるだけ、まだ大丈夫だろう。と、僕は結論付ける。
ベンチから立ち上がって、僕はありがとうと言った。
誰に言ったのかは、自分でもわからなかった。


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それからさらに数日後――僕はルリと話していた。
彼女はやっぱり無表情で、何を考えているのかわからない。毒舌も健在だ。
ただ、もうルリを嫌いだとは思わないし、どれだけ罵倒されても凹まない。
できたら、もうちょっと優しくしてほしいけど。
「なあ、せめて、もうちょっとわかりやすい言葉を使って話してくれたりしないか?」
罵倒に疲れた僕がさりげなくそう提案すると、ルリはこう言う。
「無理です」
「即答かよ……」
と僕が悲しそうな目をすると、少女は少しだけ表情を変えた。
……表情変えられたのかよ、おまえ。
どうやら、僕が悲しげにしょぼくれるとき、ルリはこういう反応を返すらしい。今気付いた。
そういえば、前にもそういうことはあったかもしれない。僕が気付けなかっただけだ。
ほんの少しだけいつもと違うルリは、いつもの口調でこう言った。
「あなたがそんな顔をするのはなんだか嫌です。わかりました、できるだけ簡易な言葉を選んで話すことにします」
「えっ、マジで!? やたー!」
僕はジャンプしてガッツポーズした。歴史的瞬間が訪れたような気分だ。
「ありがとう、そしてありがとう!」と大好きなアニメキャラの真似をしながら、少女アセットににっこり微笑みかけてみる。
「これからもよろしくな! ルリ!」
「何をよろしくされるのかわかりかねますが、善処します」
そう言ったルリはどこか楽しげに声を弾ませていたので、こいつとわかりあえる未来は近いうちに来るのかもしれないなー、と僕は呑気に考えていた。

無理ゲーでもいい。100%クリアできないゲームなんて、たぶんどこにもないんだから。
金融街の仕組みも、髭の謎紳士が考えてることも、アセットとアントレのあるべき姿も、【壊し屋】の未来も、難しいことなんて何もわかんないけど、ルリが笑顔になってくれるかもしれないなら、僕はディールを頑張ることができる。
かわいい女の子の笑顔のために戦うって、なんかヒーローっぽくてカッコいいだろ。
それってなんかすげー大事なことじゃねーの?……って思ったりする。
明日には破産して自殺することになるかもしれないけど、今が幸せならいいや。
そんな頭の悪い感想を浮かべながら、僕はもう一度、にっこり笑ってみた。
よし、明日からも頑張ろう。ルリの笑顔を夢見て。



110712



勢いだけでオリジナルアントレ&アセット考えてみた!の第二弾。
本編キャラ全然出てこなくてすいません、的な。
原作アニメと矛盾してたらさらにすいません。

今回はわりと、「平和っぽい金融街」の妄想を頑張れた気がします。
よくわからないオリキャラ妄想シリーズ、これからも、気が向いたら続きます。