つきとほしときみとぼくのこわれたせかい
「あなたはいかれてるわ。そんなのは普通の人間の考えることじゃない」
そこまでは、許せた。彼女のその意見には賛同すらできる。
しかし、彼女の次の言葉で、ぼくの理性がぱちんとはじけた。
「放っておけばいいのに。そんなわけのわからない女のことなんか」
「シーツーを、」
ぼくは、声の限りに、叫ぶ。それしか考えられなくなる。
「シーツーを悪く言うなっ!」
そうして、また居場所を失った。
人をだまして手に入れた居場所は、少しでもぼくが「片鱗」を見せると、すぐになくなる。
女は騙しやすいが、疑いやすい生き物だ。なんでも疑い、なんでも詮索する。そしておせっかいを焼く。そのおせっかいがどうにもぼくは苦手で、いつも、そこから駄目になる。
居場所がなくなった日は、大抵、路地裏で寝る。
見上げた空には星が光っていて、ぼくは夜毎、数少ない星をゆっくりと数えて過ごす。
星には、手が届かない。星をかき集めたい、とぼくは思うのに、届かない。
シーツーは。ぼくにキラキラをくれた。だからぼくも彼女に同じものをあげたかった。
ただそれだけだった。望んだのはそれだけ。
永遠にかなわなかったぼくの願いは、流れ星にでも願うべきだったかもしれない
あいにく、この地上の世界は真っ暗で、太陽も星もシーツーには見せてあげられない。星のかすかな光すら見えない。閉ざされた地上の世界と、開かれた空の世界には隔たりがありすぎる。
閉ざされた世界の中の閉ざされたぼく。
でも、シーツーが好きなんだ。
シーツーを残して何もいらないって、思う。
世界なんてうるさいだけ。何も与えてはくれない。
ただそこにいてさえくれればよかったのに、どうして見捨てていってしまうの?
ぼくは記憶の中の彼女に、そう問いかけてみる。答えはない。シーツーが答えてくれたことなんて、一度もないのかもしれない。その現実は見たくないから、蓋をする。
月の光のような、静謐な暖かさ。
思い出すのは、そればかり。
彼女は優しくて静かだった。
ただ、それだけだった。
音を発することすらしない。そこに黙ったままの彼女がいるだけで、救われる気がした。
自分がどこかで何かを踏みちがえたことくらい気づいていた。
正しくないことをしていることも知っていた。
でも正しさよりも、ぼくには彼女が必要だった。
彼女しか、必要じゃなかった。
彼女に焦がれるために生まれてきたような自分自身だから。
それしかないから。
他のことなんてどうだっていいんだ。
彼女が僕と笑いあってさえくれればいい。
愛してくれなくてもいい。
利用されてもいい。
ただ、シーツーと一緒にいたかった。
攻略本を見ながらゲームをするような人生の中で、
シーツーの存在は心地よいバグだったのかもしれない。
それまでのデータを全部消去して、上書きしたくなってしまうくらいに――魅力的な、バグ。
シーツーの世界には、最初からぼくはいなかった。
利用されていただけ。都合のいい道具だっただけ。にんげんですら、ない。
でも、それでも、ひとつだけ変わらないことがある。
ぼくがさいごに見たのが、シーツーだったこと。
シーツーがぼくに言ったことば。
ぼくはそれを、絶対に忘れない。
いつまでも待ち続けるよ。
この、星の下で。
君という静かな月が、ここに落ちてくるのを。
091127