チョコレート
アウレオルスが差し出したのは、何の飾りけもない、ただの板チョコだった。
「くれるの?」
「ああ」
秋沙の問いかけに、ぶっきらぼうに頷く彼はどこか微笑ましかった。
板チョコの無骨な感じは、彼の不器用なところに似ている。とても彼らしい。
バレンタインにチョコレートをくれる――そんな俗っぽい面がアウレオルスにあるなんて。
秋沙はそれだけで、なんだか微笑んでしまいそうになる。
もちろん、秋沙は微笑まない。微笑むことができない。
微笑むという動作をあらかじめ奪われたかのように、秋沙は笑わないし笑えない。
それはアウレオルスには関係のないことだ。秋沙自身の、個人的な問題。
チョコレートを見ながら、もしかすると、アウレオルスにバレンタインの儀式を教えたのは「禁書目録」かもしれない、と秋沙は思う。まだ見ぬ少女。きっと美しく魅力的であろう少女。彼女はバレンタインデーに、アウレオルスに贈り物をしたのだろうか。それは少しだけ、悲しい空想だった。
「……ん」
板チョコに口をつけて、もぐもぐと咀嚼する。甘いような苦いような、味がした。
余計なものが何もまじっていない味。素朴で、シンプルな。
「悠然。……おいしいか?」
アウレオルスの問いかけが聞こえて、秋沙は顔をあげる。
彼が、こちらをじっと見つめていた。
その瞳はまるで少年のように無垢で。
ああ、チョコレートよりも、彼こそ純粋なのだ、と考えてしまう。
余計なものがまじらない彼の想い。
純粋すぎて、きっと誰にも食べられない。
あまりに苦々しく、あまりに重々しい。
それを知っているのは秋沙だけだ。
秋沙は、自分の手の中に残っている板チョコを、ぱきん、と音を立てて割った。
不思議そうに首をかしげる彼に、その半分を手渡す。
「どうぞ」
「くれる、のか?」
アウレオルスはおずおずと、怯えた獣みたいにそれを受け取る。
その動作で、きっと彼は禁書目録にチョコレートをもらったことなんてないのだ、と思う。
根拠は何もない。
ただ、思っただけだ。
「……感謝、する」
少しだけ強張るように笑む彼を見て、秋沙も笑いたいと思った。
もちろん本当に笑うことはない。
笑いたいと願ったのみ。
それくらいは許されるだろう。
他の何もかもが許されないとしても、今日、この日だけの儚い願いくらいは許されてほしいと、秋沙は思った。
100214