You cannot eat your cake and have it.
小鳥遊君がケーキを買ってきた。くるくるとペチコートを翻しながら、お姫様みたいに瞳をキラキラさせて。
彼の部屋にいつものメンバーが揃い、顔をつき合わせてケーキを食べることになった。自室で寝ていた保呂草もノックの音で起こされ、部屋に向かった。その日、たまたま、保呂草の隣には紅子が座っていた。
紅子はいつもどおり、優しげなほほ笑みをたたえて、会話に相槌を打っている。保呂草は基本的に何も言わない。そうあるべきだと思っていたし、言うべきことも特に思いつかなかった。
ただ、隣に座る紅子の横顔を見つめて、なんだか彼女の様子がいつもと違うような、そんな気がしていた。
なんだろう。
たとえるなら、
ゆでた枝豆を開いてみたら、豆が一個足りなかった時のような。
花の種をまいて水をやったのに、芽が出なかった時のような。
何かが足りない……という、気分。
そんな、抽象的で奇妙なイメージだけが浮かんで、具体的なアイデアは何一つとして思い浮かばない。
しかし、彼女が何だかおかしいのは事実なのだ。
「紅子さん」
彼女にしか聞こえないように小さな声で、保呂草は耳打ちした。
「なあに」
紅子も小声で返事をしたが、どこか機嫌が悪いように聞こえた。
「今日は、どうかされたんですか」
「どうもしない」
返答は短く、彼女はそれ以上何も言わなかった。
まるで、口を開くことに使うエネルギーすら惜しいとでも言うように。
「あの、ぼくの分のケーキあげましょうか」
保呂草は思考回路をフル回転させて彼女の心情を察しようとしつつ、そんなことを言った。なぜ、そう言ったのかは自分でもよくわからない。慌てていたのかもしれない。彼女はじっとりとした目で保呂草を見た。
「なぜ?」
「いや、その、なんとなく」
「いりません」
「でも、紅子さん、お腹すいてるんでしょう」
そのとき、保呂草は紅子の機嫌が悪い理由をいくつか仮説として考えていた。とりあえず一つ目の仮説に賭けてみようと思ったのは一種のギャンブルだ。もしかしたら見当はずれかもしれなかった。が、彼女なら保呂草の空回りも、受け入れてくれる。そんな気がした。
紅子は数回瞬きをした。保呂草にはそれがとても長い時間に感じられた。彼は少し待ったが、紅子は特に何も言わなかった。
保呂草は黙ったままで、自分の食べた部分を少し削り落したケーキを彼女の皿に移した。
紅子は一瞬だけ彼の方を睨むように見たが、保呂草の行動を否定するようなことは一切言わない。
そのまま、自分の分を食べ終わった紅子が、保呂草のケーキにもフォークで触れて食べ始める。そのケーキに触れる前に、一瞬だけ彼女は迷いのようなものを見せた。
フォークで切り崩されて消費されていくケーキは、自分に似ているような気がする。つまらない感傷だな、と保呂草は自己分析した。結局、保呂草の適当なあてずっぽうの仮説は合っていたのかいないのか、よくわからなかった。
彼女がケーキを食べる様子を、保呂草はぼんやりと眺めていた。幸せだな、と唐突に思う。紅子が彼にくれる幸せは、いつもいつも唐突だ。何の理由もなく、何の言い訳もなく、ただ幸せだと言える。この不可解な気持ちが堆積して行った先に、いったい何があるのだろう、と保呂草は思う。
この気持ちは、生クリームの層を積み重ねてできたケーキ。
それならば一番上には、とっておきのいちごを乗せたいものだ。
どの方向から見ても無駄なことを考えながら、彼は含み笑いをした。
090726
紅子にケーキをあげる保呂草さんの図ににやにやしまくっていたので書いた話。保呂草さんは振り回されまくりだとなごむ。