白い日

ちょん、と新羅の指先がわたしの背中に触れた。わたしは振り向く。
『……何だ』
わたしが怪訝そうにそう問うと、彼はにっこりといい笑顔になった。
「セルティ、今日って何の日か知ってる?」
『……知らない』
「じゃじゃーん、今日はぁ、ホワイトデーなのでした!」
今日の新羅のテンションの高さは、池袋にいつもいる茶髪の学生たちに近いものがある気がする。
『ホワイトデーとは何だ』
「男の子が、好きな女の子にお菓子をあげる日」
その言葉を聞いて、少し悲しくなった。
わたしは、お菓子は食べられない。
「そんな悲しそうな顔しないで! 君にお菓子をあげるほど、ぼくは無神経じゃないよ」
新羅は、ほら、と言って左手を振った。彼の手首にはピンク色のリボンが巻きついている。
『お菓子の代わりに手首を喰えということか』
「そんなわけないだろ! 何だよその怖い発想!」
こほん、と咳払いをしてから、新羅はこう言った。
「今日一日、ぼくは君のもの。いや、いつでもどこでもどっちかというと君のものなんだけど、今日は特に君のものなんだ。なんでも、君の好きなようにしてくれていい」
『……なんでも?』
わたしがそう尋ねると、彼は最上級の笑顔で答えた。
「なんでも!」
『……じゃあ、』
わたしは、彼の手を握った。
『今日一日、手を握っていてくれ』
「そんなのでいいの? ぼく、セルティにしてあげたいこと、たくさんあるのに」
『そばにいてくれるだけでいい。それで、いつものようにくだらない話をしてくれ。たくさん』
「了解しました」
おどけるように言って、新羅はわたしと並んで座った。
新羅の、特におもしろくもない思い出話は、夜中まで続いた。それだけのことなのに、うきうきした。
わたしはといえば、彼の左手のリボンばかりを意識していた。
このリボンは、今日の新羅が、どんなことがあってもわたしと一緒にいてくれる証なのだ。
そう思うと、なんだか胸がきゅっとして、よくわからない気持ちになる。
この症状の正体は、何だと思う?――医者である彼にそう訊こうかと思ったけれど、やめておいた。
「それでね、そのとき彼はこう言ったんだ。『出ていけ!』ってね――」
彼はよどみなく話しつづける。わたしはそれを聞きつづける。
今日だけは、彼の仕事のことも、首のことも、忘れていられそうな気がした。
その現象がどこか貴くて、ホワイトデーとやらはなかなかにいいものだなとわたしは思った。



100313


アニメ終わったら原作の続きを買わねば!と思いながら書きました。
新セル大好きです。