The_Rinjin_switch

「どうもみなさんこんばんは。鏡家が長男、鏡潤一郎です。
本日は、このような深夜にまで隣人のセックスの音に悩まされるみなさんへ、初瀬川研究所の最先端テクノロジーを駆使しながら朗報です。

それがこちらの……えっと、どれだったかな。
この、美形じゃない人の顔を消してしまうカメラ……もいいですが、それでは今回の用途に役立たないとお思いの方もおられるでしょう。
藤子先生のネタを拝借するなと弟にも怒られましたし、やめておきましょう。パクリはよくないですね、パクリは。

鏡家の最高所得者であるところの僕にしてみれば、そのような程度の低い隣人が住んでいる、壁の薄いマンションからは引っ越せばいいのにと思わなくもないですが、皆さんの経済状況を鑑み、慎むことにいたしました。鏡だけに、鑑み。なんてくだらない洒落は申しません。ええ、決して。
相手に多額の金を渡して解決すればいい、という答えもまっさきに浮かびましたが、それも却下いたします。この誠実な姿勢に感謝してほしいものです。

さて、話が長いと弟にも読者にも嫌われるそうですが。
そんなことは置いておいて、今回ご紹介する研究所の秘密兵器は、こちらの『隣人スイッチ』。
え、また藤子先生のパクリだと?
そういう早計はよしたほうがいいですよ。
僕は、そして初瀬川研究所は、何かをパクったことなど一度もありません。
ちなみにこれは嘘。嘘を嘘と見抜ける人間になりなさいと、普段から弟に嘘を教えているんです、僕は。

『隣人スイッチ』。
否、『りんじんスイッチ』のほうがそれっぽいですかね?
一見、何の変哲もないこのスイッチ。押すと何が起こるとお思いですか?
気に入らない隣人が消える?
あなた、ちょっとあの漫画の読みすぎですね。藤子先生のあの作品が大好きなあなたには、こちらのカメラをあげますよ。特別にね。せいぜい、美形じゃない人の顔を消してやってください。

このスイッチの仕組みはいたってシンプル。
隣人の騒音の元である、ベッドを消すことができるのです。
セックスの際の騒音の構成を研究所で独自調査したところ、6割がベッドのスプリング音だということがわかりました。
この調査を信じるも信じないもあなたの自由ですが、まあ、研究所としては『隣人を消す』などというまどろっこしい犯罪行為を自粛し、隣人の部屋からベッドを消すのみにとどめたというわけです。
隣人を消す、などという、いかがわしい技術の行使は研究所の名誉に関わりますので。
という建前のもと、隣人の使用する寝具のみを効率的に消すことが可能となっております。
おや、それでは問題は解決しない、物足りない、といった風情の表情ですね。
ええ、そのお気持ちは僕もわずかながらわかります。
人間、誰しも、問題の根幹をどうにかしたいと願うものですからね。

ですが、我が研究所も万能ではありません。
我が家の頂点に君臨する長女を再構成することはまだできておりませんしね。
それに、このたびの『スイッチ』にも不具合が生じないとはいえませんな。不具合の生じる可能性のない機械などないのです。
今回の兵器は非常に簡略化した仕組みですし、スイッチの使用者にとって見えない場所にあるものを消してしまうというその特質上、隣室にある別のものを消してしまう可能性があります。そのような場合、研究所は一切関知いたしません。
よろしいですか? 僕の言葉、伝わりましたか?
察しの悪いみなさんのために言い直すならば、「問題の根幹」が消失する可能性はあるということです。そして、もしそうなったとしても、それは研究所側の意志ではなく、研究所のせいではないということです。
当たり前ですな。自分で消したものの責任は、自分で。
消されたのが、寝具であれ、隣人本人であれ、同じことだとは思いませんか?
技術を駆使した責任を、技術を開発した側に求めるのは筋違いというものです。
それでも、我が初瀬川研究所に不満があるというのならば、こちらの『ペンシルサイズの核』をお貸ししましょう。
もっとも、その前にあなたという存在が、何者かによって消されてしまうかもしれませんがね。
もちろん、そのときも研究所は関知いたしませんので、あしからず。

……本日のプレゼンはこんなところでしょうか。
弟が今日も死に瀕しているかもしれませんし、妹はすでに死んでいるかもしれない。
一家の長男である僕はとても忙しいので、これ以上の説明は控えさせていただきましょう。
本当は、『ベリーベリーサンドイッチさん』という心温まるお話を皆さんに聞いていただこうかと思ったのですが、時間の都合上、やめておきます。

それではみなさん。もうお会いすることもないでしょう。
鏡潤一郎という名前は記憶から消してくださって構いません。
しかし僭越ながら、『初瀬川研究所』という偉大な存在については、心にとどめておくことをおすすめいたします。
おそらく、その存在に関する知識は何の役にも立ちません。
でも、みなさんの弱い心には必要な物なのではないかと、僕個人としては思いますね。
以上、初瀬川研究所より参りました、鏡潤一郎でした。
このような悪趣味な話を最後まで聞いてくださる、悪趣味なみなさん。ご清聴ありがとうございました。
どうか、まるで馬鹿げた世界に落っこちたときのような、良い夢を」


20131228