きらきらとかがやくもの

 この世界には、輝くことのできる人間と、できない人間がいる。
 どんなに素晴らしい能力を有していても、輝くことのできない人間というのは存在する。わたしは、そういうタイプの人間なのだ。どうしようもなく、光らない。
 その証拠に、テストでいい点をとっても、誰も褒めてくれない。それはとても、さみしいことだ。
 それに、わたしには大切にできる誰か、友達ではないけれど大切な人が、いない。
 りんちゃんには青木先生がいて、黒ちゃんには白井先生がいる。
 ではわたしは? わたしには、命をかけて大好きだと、大切だと叫べる人がいない。
 もしも世界のどこかにその人がいるとすれば、それは誰だろう――そう考えたとき、わたしの脳裏によぎったのはあの人の姿だった。
 いつだって笑顔で、身軽で、魅力的な「大人」。
 手を伸ばしても届かない場所で笑っている、きれいな人。
 その声は、わたしの心を揺さぶって、揺らがせる。声を聞いただけで、胸がドキドキして、落ち着かなくなる。
 まるで、ふしぎなスイッチが入ってしまったみたいだと、わたしは思った。


「レイジさん」
わたしが声をかけると、その人は振り返った。
少し経って、その顔に微笑が浮かぶ。いつもどおり、優美でさみしそう。
「ああ、きみか」
透き通った声。この穏やかな声を聞いていられるのなら、わたしは地獄に落ちたってかまわないのだ。
そんな風に思った自分に、驚いた。
自分の中にこんなに激しい感情が存在していることを、わたしは知らなかった。
「ねえ、知ってる?」
レイジさんは、熱に浮かされたみたいに、わたしに問いかけてくる。
「今日はね、クリスマスなんだ」
「ええ、そうですね」
「だから、ごちそうを作らないとね」
レイジさんは右手に持ったスーパーの袋を揺らす。「りんが、待ってる」
「りんちゃんは、いいなあ」
わたしは自分でも気付かないうちに、声に出してそう言ってしまって、驚く。
「君も、一緒に来る?」
レイジさんは優しくそう問いかけてきて、首を少し傾げた。
その仕草を見て、わたしは申し訳なくて、泣きたくなった。
わたし、レイジさんに誘ってもらいたくて、りんちゃんはいいなあ、なんて言ったのかな。さいあく。
自己嫌悪に陥ったわたしは、ふるふると首を横に振った。
「ほんとうに? りんも、君がいた方が嬉しいと思うけどな」
レイジさんはあくまで優しくて、わたしの策略になんて気づいていなくて。そのことがまたわたしの罪悪感を肥大させていく。ああ、やだなあ。わたし、あさましい。こんな気持ちでりんちゃんの家になんて、行けるわけないよ。りんちゃんにも、失礼だと思う。
 わたしより、堂々としてて、かっこよくて、とっても理想的な、りんちゃん。
 そんなりんちゃんと、レイジさんは、一緒に暮らしている。
 いいなあ、うらやましいなあ、と思うよりも先に、お似合いだなあ、と思ってしまう。
 そして、りんちゃんを間近で見ているレイジさんが、わたしなんかのことをまともに見るはずがないのも、わかってる。わたしがりんちゃんに勝てるはずないのも、わかってる。仮にわたしを見てもらえたとしても、りんちゃんと比べられちゃう。比べられて、勝てるところなんて、テストの点数くらい。他はダメなところばっかり。わたし、ダメな子だから。輝かない子だから。
 わたしは、泣き出しそうなのを必死にこらえて、「さよぅなら」と言った。小さな声だったから、レイジさんには聞こえなかったかもしれない。わたしはレイジさんに背を向けて、走り去ろうとした。


「ちょっと、待って」
レイジさんが、いつのまにか背後にいた。わたしの手をつかんでいた。
「え、な、なんですか」
わたしは混乱してしまって何も言えなくなる。レイジさんはしゃがみこんで、わたしに視線を合わせた。
「クリスマスに、そんな顔してちゃダメだ。悲しい顔は、よくない」
レイジさんは諭すようにそう言って、わたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。その手のぬくもりが、わたしに気付かせた。レイジさんに、心配をかけてしまったんだ。レイジさんはやさしいから、わたしのこと、放っておかないんだ。
レイジさんの手がわたしに触れたのはそれが初めてだった。緊張して体が動かなくなってしまいそう。
「いっしょに、行こう?」
レイジさんがわたしにもう一度そう言って、わたしは半分泣き声みたいになった声で、肯定の返事を返した。レイジさんが、わたしのことを考えてそう言ってくれたのだから、断るのはレイジさんに失礼だ、ってようやく気付いたから。


 レイジさんと並んで歩く道は、とても広く思えた。レイジさんはわたしにあわせてゆっくり歩いてくれて、それがうれしかった。きっと、いつもりんちゃんと歩くとき、レイジさんはそうやって歩幅を合わせているから、慣れているんだろう。
 いつまでもこの時間が続けばいいな、と思った。
 レイジさんがやさしくしてくれると、わたしももしかしたら輝けるかもしれないってちょっとだけ思うのだ。
 生きていてもいいかも、って、ほんの少しだけ。
 これ以上の進展なんて望めないかもしれないけど、それでも、わたしはレイジさんの輝きを胸に抱いて、進んでいきたいと願ってやまない。
 そんな気持ちを何て呼べばいいのか、黒ちゃんとりんちゃんなら、教えてくれるだろうか。
 いつか、二人が教えてくれたらいいなあ、とわたしは思っている。
 この暗くて長い道のりでも、みんながいるから歩いていける。
 わたしが輝く代わりに、みんなが照らしてくれるから。


「レイジさん」
わたしは隣にいるレイジさんに笑いかけた。
「メリークリスマス、です」
レイジさんは一瞬間をおいてから、またあのやさしい笑い方をした。
「メリークリスマス」
その言葉の響きだけで、最高のクリスマスだと思えた。たぶん、これから先ずっと、その音の響きや形を頭の中でぐるぐる何度も繰り返して、わたしは自分を元気づけるんだろう。わたしって、本当に単純。いろいろ難しく考えてしまうのがわたしの癖だけれど、幸せの構造は、案外単純なのかもしれない。
わたしは再び自然に、ほほ笑んだ。クリスマスにふさわしく、幸せそうに。
――りんちゃんが待っているけど、もう少しだけこのまま、二人で歩いていたい。
クリスマスに二人っきりなんて、とってもロマンチックだもの。
そんなことを考える自分は、不思議と落ち着いていて。
隣にいるレイジさんの表情を、静かに見ていた。
好きだなんて、口に出すことはできないけれど。
この気持ちはきっと、ずっと続いていく。
りんちゃんが青木先生を追い求め続けるみたいに。
それってとてもすてきなことだよね、りんちゃん。



091224



スイッチが入ってないときのレイジさんは、けっこうしっかりした普通のイケてるお兄さんなんじゃないか、っていう妄想。