哀愁のこたつみかん ビリーが玄関の扉を開けると、まずあの特徴的な声がこう言った。 「手土産だ」 金髪の彼は、呆然としているビリーにぽすん、と何かを押し付けて、つかつかと部屋の奥へと入っていく。 「いきなり来てそれはないだろう……」 彼の跡を追いつつ、手土産とやらの中身を確認してみる。透明なパックに入ったみかんだ。最近のグラハムは日本文化に凝っているらしいので、その影響だろう。ご丁寧に輪ゴムまで止めてある。 「おおおおお……!」 居間では、グラハムが仁王立ちしたまま歓声を上げていた。 「これは……この兵器は何だ! 答えろビリー!」 「兵器じゃない、こたつだ」 どうやらこたつを見るのは初めてらしい。しげしげといろんな角度から眺めたあと、そっと布団に触れ、そして中へと潜り込む。 「なんで潜るんだ……」 「なにっ、これはこうして起動するMSではないのか」 くぐもった声がそう言った。冗談の言える男ではないことは重々承知済みだ。どこをどうやったらこたつがモビルスーツに見えるのか。一応電化製品ではあるけれど、戦闘とはほど遠いもののように思える。 グラハム・エーカー。明らかに重度の戦闘狂……というか、ただのモビルスーツ好きだった。 「ビリー、スイッチはどこだっ! 起動スイッチはっ!! なんだか体が燃えるように熱いぞ」 がちゃがちゃと雑音が聞こえてくる。どうやら中の機械部分をいじっているようだ。 「いや、それはもう起動してるんだよ」 慌ててストップをかけると、布団の中からグラハムが頭部を出した。仕方ないので「こたつ」について簡単な説明をしてやると、感心したように頷きながら這い出てきた。 「つまり、布団とエアコンの見事な融合というわけだな。ジャパニーズ・コタツ……恐るべきシロモノだ」 「まったく、君といると退屈しないな」 呆れたようにビリーがつぶやくと、「どういう意味だ?」と彼が首をかしげた。 +++ しばらくこたつを堪能していたグラハムだが、しばらくして、唐突に「髪を触らせてくれ」と言いだした。 「……なんか嫌な予感がするなあ」 「頼む、一生のお願いだ。ビリー・カタギリ技術顧問」 フルネームで指名されては断るわけにはいかなかった。というか、言い出したら聞かない上級大尉の申し出に、否なんて返事は最初から無意味。聞く耳持たずってやつだ。 が、数分後。ビリーはその決断を全力で後悔した。 まるでフラスコを爆発させた科学者のようにぐちゃぐちゃになったビリーの髪を前にして、 「ううむ。思った通りにはならないものだな」 と唸る男には、こう言わざるを得ない。 「何がしたかったんだい、グラハム……」 「ジャパニーズ・オダンゴアタマというものをやってみたかったのだっ!」 「ああ……」 グラハムの偏った日本知識が、また妙な影響を及ぼしているらしい。きっと、アニメか何かを見たのだろう。まず、お団子頭を作るためには髪を束ねるネットが必要なことを教えてやらなければならない。 しかしエンジンのかかったグラハムは、人の話を聞く姿勢ではまったくなかった。 「よし、次はこれでチャレンジだ」 「ちょっと待って。それは何だい、グラハム・エーカー上級大尉」 ビリーの切実な問いに、けろりとした顔でグラハムが答える。 「みかんのパックを止めていた輪ゴムだ」 「それで髪の毛結んだらすごく痛いから嫌だよ! というか人の話聞いてないね君っ!? その手を止めてくれ頼むから!」 「有言実行、そして無言実行がわたしの座右の銘だっ!」 決意を固めた彼の前で、抵抗は無意味だった。 とりあえず、感想を一言だけ言うのなら。 ……痛かった。 +++ ……数時間に及ぶ髪の毛コーディネイトタイムののち、グラハムは疲れたらしく眠ってしまった。こたつに入ったまま眠る彼の顔を見ながら、思わず嘆息してしまう。 「寝ていれば普通の美男子なのになあ」 起きているときは子供のような男だ。 まあ、そういう部分も含めての彼なのだけれど。 とビリーが思っていると、彼は寝言を言いはじめた。 「ガンダム……わたしは君に、心奪われているぞ……」 「前言撤回……」 やっぱり寝ていてもグラハムはグラハムだった。普通の美男子、なんて言葉でくくれるような人間ではない。夢の中でもガンダムに告白をかましている男が、普通の人間であるはずがなかった。 「まったく……ガンダムがうらやましいな」 彼はぼくには絶対に心奪われてはくれないものな、とぼやきながらみかんの皮を剥き、ひとくち口に含んだ。まだ熟れていないみかんはひどく酸っぱくて、なんだか青春の一ページみたいだと年甲斐もなく思った。 081118 一期前半くらいの平和な二人の雰囲気で。 二期でも仲よくしてくれたらいいなあ……と祈願しつつ ビリーは日系だから日本人っぽい趣味なんじゃないかと勝手に思ってます |