いっしょにおるすばん

「おいおっさん。またソレ着てんのかよ」
 呆れたような声が聞こえて振り向くと、白い熊の着ぐるみから頭だけ出した少年の姿が視界に入った。彼の眉間には深いしわが刻まれており、今日も例にもれず機嫌があまりよろしくないということがわかる。
「……君だって着てるじゃないですか」
と小声で反駁を企ててみるが、「あぁ?」と彼が不機嫌に返事をしたので「なんでもないです」と言っておいた。
 少年の名前は古里。フルサトともコリとも読める名前であるが、どちらが本当の名前なのか、そもそもその呼び名は本名なのか、わたしは知らないし知るすべを持たない。わたしは「コリ」と呼んでいる。彼がこの部屋の中で、白い熊の着ぐるみを常時着用しているように、わたしも茶色い熊の着ぐるみを着ているのだが、どうやら彼はわたしと違い、その格好をあまり好いてはいないらしい。
 まあ、こんなものを好んでいつも着ているわたしの方が異常なのだろうが。
「今はあの女は留守なんだしさあ、そんな暑苦しいもの脱げば?」
と古里は億劫そうに言うが、わたしは
「君はカオリさんがいるからそれを着てるんですか」
とあえて論点を少しすり変えた。
 彼はむっとしたように顔をしかめ、
「当たり前だろ。あんたは自分の立場を理解してるのか。俺たちはあの女のペット。都合のいい愛玩動物でしかないんだぜ」
と返した。
「わたしはそんなことは考えていません。君みたいにカオリさんに悪意を持ってるわけでもないですし、カオリさんはわたしたちを同居人として自分と対等に扱ってくれていると思います」
「あーはいはい、あんたはいつだっていい子ちゃんなんだな」
「いい子ちゃんじゃありませんよ、別に……」
「その敬語がいい子ちゃんだってんだよ。なんかむかつく」
いじけたように言う古里に、わたしは肩をすくめてこう言ってみせる。
「敬語は昔からの癖ですよ、古里」
「うるせえ、知ってるよそんなこと!」
そう言って彼は、ぷいと後ろを向いて床にのの字を書き始めた。
 どうやら繊細なお年頃というやつらしい。ガラスの心を持つ十代、というキャッチコピーが彼にはよく似合う。
 古里は自分の言葉に自分で傷ついている……彼は、カオリというこの部屋の主に対して、自分で言うほどの悪意を抱いているわけではない。ただ、いろいろと複雑な感情を抱いているせいで、心にもないことを言ってしまうのだろう。
 その「複雑な感情」の正体については……わたしはあまり深く考えてはいない。わたしはその感情について考えることを恐れているのかもしれない。それを追求していったら、自分の中の触れてはいけない部分に触れてしまいそうな気がするのだ。
「なあ、楽さん」
と古里が背を向けたまま、わたしに話しかける。楽、というのはわたしのあだ名のようなものだ。
「……カオリ、遅いな」
その言葉が、古里がわたしと仲直りしたがっている証だとわかるくらいには、わたしも彼のことを熟知していたので、
「そろそろ帰ってくるんじゃないでしょうか」
とのんびりとした口調で返すと、古里は白い熊の着ぐるみの顔の部分を元あった場所に戻しながら、
「あーあー。暇だなあ」
と言ってごろんと横になった。
 釣られるように、わたしも彼の隣に横になる。
 彼がこちらを少し見てにっと満足そうな笑みを浮かべるのが見えた。
「……まあ、ごゆるりと、待ちましょう」
わたしはそう言って寝返りを打ちながら、古里に背を向けた。
 二人の間に横たわる心地よい静寂が、わたしの心を埋めていった。

 熊の着ぐるみを着たマイペースな男と、
おなじく熊の着ぐるみを着た幼い少年の、
他愛もない日常は、こうして過ぎてゆく。


080116


ジャンルが特殊すぎるので多くは語りませんが
某さんxのキャラクターの設定だけ見て書いた擬人化小説のようなもの……です
絵本とか読んでないけど勢いだけで設定ねつ造したので、二次創作ってよりオリジナルに近いような気もする!
とりあえず やんちゃっこ×枯れたおっさん は萌えると思うの よ