「おにーちゃーん、おなかすいたー」

と、今日も大江茜は鮮やかに人の性別を詐称する。
 神に××されていないわたしの胸部を見ながら言うのはやめろって言ってんでしょ。こら。
 あ、わたしは別にラブの和訳を伏字にはしなくてもよかったわね。うっかりしていました。

「あなたはなんだか、いつだってそこそこ、幸せそうなのよね」

ふと、そんな言葉が口を衝いて出たのは、空腹のせいで幻でも見たせい? うーん、嘘、に400点。

「うむー、ぼくはゲームができればそれでいいよ」

すべてを逆位置に捉える彼女にかかれば、タロットカードの運命すらさかさまに見えてしまうのかしら。そんなことを考えてしまうのは、初めてではないのです。吊るされた男が、ただの縛られた男に見えてしまったりして。なーんて。あ、別にSM趣味はありませんことよ。おほほ。

「あ、あと、おにーちゃんにもそばにいてほしいな」

茜はそう言ってにっこり、笑う。わたしはあなたとは血がつながっていない、他人なのにね。でも、わたしも一人きりでいるよりは、茜と一緒にいたかったり。相互依存ってこういうのを言うのかしら。依存、という文字を見ると、『アレ』とマユ子さんを思い出してぞっとしないのだけれど、でも、これは依存よね。

 茜の体は骨と皮しかないみたいにガリガリだし、わたしの体も同じようにやせ細って餓えきっている。
 でも、それでも。
 佐内利香としてはノーコメントだけど、大江湯女として享受できる幸せの上限は、ここらへんが頂点かしら。とか、そんなことを思うのは――嘘じゃなく、本心として思うのは、どうしてかしらね。わからなくて、吐きそう。頂点、という単語を悲観的にとらえるか、楽観的にとらえるかはおまかせするわ。少なくとも、飼われるように借りられてきた猫だったときよりは、今の方がいい、とだけ言っておこうかしら。

 座り込んだわたしの膝にしがみつくようにして茜が寝息を立てている、そんな情景が現実として私の心に突き刺さってきて、痛い。痛々しく、痛い。
 ねえ茜、わたしはあなたを××してる。必要で依存症で、わりと、執着してる。  それは腐りゆく右腕によく似た、……なんでしょうね、この感じ。
 その気持ちと事実は、これからどういう運命へと転がって行くのかしら?
 今はただ――ああ、おなかが、すいたわ。とても。



091126