あっさりと、あまりにあっさりと捕獲成功。
体の重心も心の重心も傾きすぎている少女を捕らえるのは、簡単すぎてちょっと眠くなってしまった。
『アレ』からこれを奪ったら、どうするかしら。嗜虐心がうずくわ。
新みーくんであるわたしとマユ子さんが、仲睦まじくラブラブバッカプルを演じている。主人公の交代劇無事終了。壊れた恋物語、何事もなく再開。ただ一人残されるのは、『アレ』だけ。捨てられていらなくなった、元みーくんの残りかす。
そんな茶番に遭遇したら、残りかす化した『アレ』はどうするかしら。そのときの『アレ』の顔にちょっとだけ、興味がある。嘘だけど。
「まーちゃん、」
と、わたしは口に出してみる。それは、すべてを片づけてしまう魔法の呪文なのよね。少なくともマユ子さんにとって、そして『アレ』にとって、呪文としか言いようのない、呪われた文なのよね。マユ子さんは、わたしの膝に心地よさげに頬を擦り寄せる。まるで猫みたい。
「みーくん」
とわたしを呼ぶその声は。なかなかに魅力的。うーん、『アレ』の代わりにマユ子さんのみーくんになろうかしら。立候補しちゃおうかしら。出来レースの選挙、出ちゃおうかしら。と一瞬だけ考えるけれど、それは無理ね。わたし、小指に穴は開けたくないし。それに、わたしには養うべき家族がいる。養えているかどうか、微妙なところだけれど。
「みーくんみーくんみーくんみーくんみーくん、みーくん。」
小指に風穴を開けて重心を狂わせた少女がわたしを呼んでいる。
うん、と頷くことで、わたしは自分を詐称した。詐称には慣れているけれど、うーん、この名前はちょっと気に食わないわね。借りものだったわたしにふさわしい、借り物の名前、といえば聞こえはいいけれど。まあ、本名に近づかれるよりはずっとましかしら。
「みーくん」「うん」「みーくん」「うん」「みーく、」「ん」
茜と話しているのと、感覚が似ている。たぶん、この子も茜と同じく、理解できない事象に対してはフリーズと再起動を駆使しているに違いない。わたしはそう思いつつ、頷きを繰り返しながら、もう一人のわたしを待っている。ただ、待っている。と言いますか、『アレ』。ちょっと来るのが遅いのではなくって?
あんまり暇な時間が多いと、つまらないことを考えてしまって困るわ。早く来ないかしら。
「みーくん」
彼女は、そう言って動かなくなった。小指からの出血で失血死……というわけではなくて、ただ疲れて眠ってしまっただけみたいね。街中を走り回ったり、誘拐したり、忙しかったでしょうからねえ。
その無邪気というか、むしろただの無。みたいな寝顔は、やっぱり妹に似ていた。
茜も、いずれこうなってしまうのかしら。
その可能性はゼロじゃないのかも、ね。
わたしは、もう終わっているからこれ以上進行しないけれど。
茜は、まだ終わっていないはずだから。大江茜の重心が揺らがないように、わたしが見張っていないといけないのかも。あ、また余計なことを考えてしまった。
「あー、あ。早く来てくれないかしら」
わたしでは、マユ子さんの王子様には、ちょっと役が不足していると思うんだけれど。ニセモノのそのまたニセモノなんて、ねえ。そういえばこの子、わたしの性別を逆にとらえているところまで茜といっしょねえ。もしかして、わたしって本当は女の子じゃないのかしら。実は男だったりして。シリーズ終盤で唐突に明かされる衝撃の事実かもしれないわ。なーんて、そんなわけあるわけないですけれど。ちょっとわたしも疲れているようね。少しだけまどろませていただくわ。では、また生きていたらお会いしましょう。
091129