ある昼休み

その日俺は古泉と二人、屋上で弁当を食っていた。
何が哀しくて野郎と二人で飯を食わねばならんのか、と考えつつ、俺は黙々と飯を口に運んでいた。
「たまにはこうして二人だけの食事というのもいいですね」
古泉がふざけたことを言うので、俺は精一杯にらんでやった。
「おまえと飯食ってても俺に何の利益もねえよ。俺は朝比奈さんと飯を食いたい」
「ふふ、あなたらしいですね」
女みたいな声で笑うんじゃねえ。気色悪い。
「それは失礼」
今思い返してみると、俺はそのとき、著しく機嫌が悪かったのだと思う。
いつもの俺なら言うことはなかっただろうその台詞を、俺はそのとき口にしてしまった。
今思うと、少し後悔する。
「謝ればいいと思ってるだろ。死んでわびるくらいしろ」
きょとん、とした顔になって、約十秒後。
がっしゃがっしゃと音を立てて、古泉が屋上のフェンスを軽やかに登り始めていた。
えーと、……古泉君?
何をしていらっしゃるのでしょうか。
「何って……見ればわかりませんか? フェンスの向こう側へ行こうと思って」
そんなのは見ればわかる。問題は、フェンスの向こう側に何の用事があるのかということだ。
何を言っているのかわからない、そう言いたげな表情になった古泉が、当然のことのようにこう言った。

「あなたが、死ねと言ったので」 

俺は瞬時呆然とした。
俺が死ねといったから死ぬ、だって?
「いつからそんな主体性のない人間になったんだ、お前は」
それとも何かの冗談なのか?全く面白くないぞ。
「冗談じゃありませんよ」
フェンスにぶら下がったままの古泉は続ける。
「僕もそれなりの主体性は持ち合わせているつもりです。でも、あなたの言うことなら、聞いてみてもいいと思ってるんですよ。長門さんのようにね」
確かに長門はなぜか俺の言うことには素直に従うが、それを古泉にやられても全く嬉しくない。
大体、俺の言うとおりに行動する、理由は何だ?
「理由はいたってシンプルです。ほれた弱みというやつですよ」
長門さんと同じくね、と古泉は付け足す。
長門が俺に従う理由がほれた弱みだというのは信じがたいが、今はそれは脇においておくとして。
「お前が? 俺に? その、ほれたっていうのか?」
思わぬ新事実が発覚した。信じられない。俺は自分の知らない間に野郎にほれられていたらしい。
トン、と軽い音がした。古泉がフェンスのこちら側に飛び降りた音だ。
「う、嘘だろ?」
「嘘じゃありません。マジです」
「なんで俺なんだよ。他にいるだろ、『機関』の人間とか」
俺が言うと、古泉は呆れたように笑った。
「あなたは僕にとって特別なんです。涼宮さんにとってあなたが特別であるように」
「……っ」
俺は顔が火照るのを感じる。
おいおい、なんで赤くなってるんだ、俺。
野郎に「特別」宣言されたくらいで。
そう自分で突っ込みを入れるが、一度火照ってしまった顔は簡単には元に戻らない。
「おやおや。あなたがそんな顔をしてくれただけで、僕は満足です」
そんな顔ってどんな顔だ。そう言いたかったが、俺は言わずに黙り込んだ。
「そうそう」
古泉が思い出したように、
「あなたにとって僕は、特別ですか?」
そう、訊いた。
俺は少し考えた末に、
「まだ、特別じゃねえな」
無意識のうちに、そう答えていた。
古泉は、嬉しそうに笑った。
「『まだ』、ですか。そう付け加えてくださっただけで、僕は嬉しいです」
「勝手に、嬉しがっとけ」
俺は負け惜しみのようにそう言ったが、その言葉は余計に古泉を嬉しそうな顔にしただけだったので、げんなりとした。
勝手にしてくれよ。もう。

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