ある大雨の日のことだ。
傘を差して激しい雨の中を下校していた俺は、「あのぅ……」と誰かに声をかけられた。
そこにはずぶ濡れになった北高生男子がたたずんでいた。
よく見るとどこかで見たような顔だ……そう考えていると、
「えーと……SOS団団員のその2の……キョン君、だったかな」
誰だか思い出せないがこいつも俺のことをそう呼ぶのか……そう思って俺は頭を抱えた。
「非常にあつかましいお願いで申し訳ないのだが……僕を君の傘に入れてはくれないだろうか?」
この理屈っぽいというかオタクっぽい(俺に言われたくはないだろうが)語り口調を聞いて俺は思い出した。
SOS団の隣人、コンピュータ研の部長氏だった。
男と同じ傘に入るのは非常に不本意ではあるが、あまりの部長氏の濡れ鼠っぷりを哀れに思った俺は、
「いいですよ。どうぞ」
と返答した。というか、そこまで濡れていたらこれ以上濡れても濡れなくとも同じだと思うのだが、どうだろう。
「ところで、傘はどうしたんですか?」
歩きながら俺は聞いた。今日は朝からずっと雨だ。傘を家に置いてきたというわけではないと思う。
「さっき強風で壊れてしまってね。知っている人が通りかかるのをずっと待っていたんだ」
言われて部長氏の足元を見ると、無残にも骨がバキバキに折れた緑色の傘が転がっていた。どうしたらこんなに無残なまでに傘を壊すことができるのか、知りたいくらいである。
「君が通りかかってくれてよかったよ」
部長氏は嬉しそうに言った。
「そうですか」
俺はそう返す。
「家までお送りしましょうか?」
幸い、部長氏の家にはカマドウマの一件で行った事がある。そんなに遠くはないはずだ。
「い、いや……そ、そこまで君にさせるわけにはいかない。この先のコンビニまで行って、傘を買って帰るよ」
「はあ」
身振り手振りで力説されたので、頷かざるを得なかった。
相変わらずリアクションの一つ一つが大きい人だな、としみじみと思う。
「おいっ、君!」
と、部長氏の声で俺の心中のモノローグが遮られた。
「何ですか」
「肩が濡れてるじゃないか! そんなに気を使わなくてもいいのにっ」
言われてみれば部長氏がこれ以上濡れないように配慮した結果、俺の肩に水滴が落ちていた。俺も言われて気づいた。気を使ったわけではなく、無意識の結果である。
「いや、俺は別に」
「僕のせいで君が濡れるなんて駄目だ! 断固拒否する!」
人差し指を突きつけて部長氏が言い張る。
仕方なしに傘を俺の方へ少し動かした。部長氏が納得したように肩をなでおろす。



そうこうしているうちに、目指すコンビニが見えてきた。
「ありがとう!感謝してもし足りないくらいだ!」
と歓喜の声を上げながら部長氏はコンビニの中へ消えていった。
俺は、その姿を見ながらぼんやりと、部長氏は、傘と一緒にまた、コンビニのワラビ餅を買っているのかな、と考えていた。

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