ある春の午後、コンピュータ研にて

カタカタカタカタッ。
そんな軽やかなタイピングでプログラムを完成させてゆく同じ研究会の部長(研究「会」なのに「会長」とは呼ばないところが不思議なのだが、そういう習慣らしい)の横顔を、僕は静かに眺めていた。
僕は今年度のコンピュータ研究会新入部員。オタクであることを除いては、ごくごく普通の平凡かつ健全な高校一年生である。
「今度はどんなゲームなんですか」
僕が尋ねると、大げさに胸を張って部長が答えた。
「『The day of Sagittarius 3』だよ。去年作った『2』に新たなモードを加えて、ついでにオンライン対戦もできるようにしようと思ってるんだ」
パソコンゲームを語るときの部長のきらきらした幸せそうな瞳を見ていると、僕まで幸せな気分になる。
「オンラインですか。組むのが大変そうですねー」
「そうでもないよ。なんと、もう八割がた完成しているんだっ。文化祭で発表したいしね」
本当に楽しそうだ。生き生きとしている。
そこで言葉を区切り、部長は少し表情を変えて、
「ところで、最近隣の部屋が騒がしいけど、何か知っているかい? 確か、去年までは文芸部だったと思うけど」
と訊いた。僕は、
「涼宮ハルヒって知ってます?」
と逆に訊き返した。
「知らないけど」
「東中出身のすごい変人らしいって、一年生の間で噂になってるんですよ」
部長が、「それで?」と言いたげな顔になる。僕は続ける。
「その涼宮ハルヒが、妙な部活を始めて、隣の部屋を無断で占領して使ってるって話です。僕も聞いただけなんで詳しくは知らないですけど、あんまり関わらない方がいいと思いますよ」
「ふーん……」
と、部長は顎に手を当てて何やら考えている様子だった。

今思えば、部長が涼宮ハルヒに興味を抱いたこの瞬間が、憎きSOS団とコンピュータ研究会の因縁の始まりだったのかもしれない。このとき、もっと涼宮ハルヒについて僕がきっちり注釈をつけて、気をつけるように言っておけば、この後に訪れた、パソコン五台強奪の被害を含む悲劇は防げたかもしれない、そう思うと、ちくちくと良心が痛む。だが、そんなことであの事態が防げたとは思えないと確信しているのも事実。
つまり、なるようにしか、ならないということだ。
なるようになってしまった、それが現在というものなのだ。
そう思うことで今、僕は自分を勇めている。

そのときは、その会話はそれで終了し、部長と僕はプログラムを構成、修正する作業に戻った。
窓からは美しい木漏れ日が差しており、うららかな春の日と言えた。
そんな平和な春の日が一人の少女によってめちゃくちゃに壊される――そんな未来は目前に迫っていたのだが、それはまた、別の話である。






「射手座の日」でコンピ研がSOS団部室に来たときに部長の右側後方にいた眼鏡の後輩視点の話。ウルトラマニアックです。

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