目を瞑るしあわせを

 今日もウエスターは妙なものを拾ってきた。サウラーは一応、この世界について一通り学習したつもりだったのだが、ウエスターが持ってきて屋敷に無造作に並べているものの中には、まだ名前も用途もわからないようなものが多い。拾ってきたウエスター自身が用途を説明してくれるものもあれば、ウエスター自身ですら存在意義がわからないようなものも含まれている。たぶん、ゴミ捨て場か何かで拾ったのか、誰かにもらってきたのか、どちらかだろう。こちらの世界に来てから、彼はずっとこんな調子だ。どこにあったのかわからないものを拾い集めて、たまに思い出したように並べて遊び始める。屋敷にいてもやることがないから、わりと暇なのだろう。

 今回彼が拾ってきたのは、パソコンの部品だった。
 本を見ながらうまく組み立てれば使えるかもしれない、とサウラーが伝えると、
「なんだと! おもしろそうじゃないか!」
と叫びながら参考書を買いに行ってしまった。彼の貴重なバイト代をそんなところに使うのはどうかと思ったが、呼びとめる時間はなかった。思いついたら次の瞬間には行動に移す、というのがウエスターの基本的行動原理だ。たぶん、パソコン、というものがいったいなにものであるのか、ウエスターは知らないと思う。
「買ってきたぞー!」
本の入った袋を持ったウエスターは、光の速さで戻ってきた。「で、どうするんだ?」と尋ねる彼の瞳はきらきらと輝いている。
「……とりあえず、君がやると壊しそうだからぼくがやる」
サウラーはそう意思表明する。パソコンというものは便利そうだし、不幸を集めるためにもいろいろと利用できそうだと前々から思っていたのだ。これは、パソコンを入手して、プリキュアに大きく差をつけるチャンスだ。ここで、ウエスターが作業を手伝ったら、たぶんパソコンは彼の馬鹿力で破壊されてしまう。その最悪の事態は避けなければならない。
「えー、俺も何かしたいぞ」
ウエスターは不服そうにしている。しかし、「ぼくに任せてくれないか。成功したら君にも使わせてあげる」と言ってやると、彼はしぶしぶ引き下がった。

 パソコンを組み立てるという作業はサウラーが予想していたよりもずっと難しかったが、そこそこ楽しかった。自分の頭脳が役に立つ作業というものは楽しいものだ。その点で、パソコンの組み立ては不幸集めに似ている。
 ウエスターはこの間拾ってきたかき氷機をから回しして遊んでいるようだ。かき氷を食べすぎて腹を壊した教訓は、彼の中にちゃんと根付いたらしい。氷を削らないかき氷機の、カラカラ、カラカラ、という軽快な音だけが部屋に響いている。
「サウラー」
カラカラ、という音の中に、ウエスターの声が交っていることに、数秒して気づく。
「何?」
作業の手を止めないまま返事をすると、ウエスターはこう言った。
「パソコンって、食えるのか?」
「……できたら、食べないでほしい」
それから数十分、ウエスターはひたすらかき氷機と遊んでいた。時折思い出したように他のものを取り出したりもしていたようだが、基本的にかき氷機からは離れなかったようだ。かき氷機の何がそんなにウエスターを魅了するのか、サウラーには全く理解できない。

「できた」
とサウラーが言うと、餌を待っていた犬みたいな勢いでウエスターが駆けてきた。
「どうやって使うんだ!?」
横から手を出そうとするウエスターをやんわりと制して、サウラーは電源を入れた。パソコンのディスプレイにOSのマークが映る。
「テレビ、テレビなのか!? 俺、映る!?」
ウエスターはテンションの針が振り切れているようだ。ちょっと静かにしていてほしかったが、サウラーもそこそこ上機嫌であったので、まあいいか、放っておこう、と思った。
「映らないよ。テレビじゃなくてパソコンだから」
「なんだ、映らないのか」
ウエスターは一瞬しょぼんとしたようだったが、すぐに笑顔になり、「使って見せてくれ!」と言いだす。
 サウラーは説明書の通りにパソコンを操作し、トランプゲームの画面を出した。
「これでゲームができるみたいだね」
「なんか難しそうだな!」
サウラーは単純な操作を重ね、すぐにトランプゲームを終わらせた。不幸集めのために調べたことがあるので、画面を使うゲームなら結構得意だ。クリア後の画面には、花火が上がった。
「よくわからないけど、すげー!」
とウエスターが踊りだしそうな声で叫ぶ。
 やれやれ、と思いつつ、サウラーはインターネットのブラウザを起動しようとする。当然のことだが、回線がつながっていないので何も表示されない。
「インターネットというものを使えば、効率よく情報収集ができると聞いたけれど……」
回線を外の世界とつなぐために、手続きが要りそうなのが面倒だ。サウラーはあまり他人と接触するのが得意ではないし、迂闊な行動をしてプリキュアに居場所や正体が漏れる事態も避けたい。
「あ、俺、頼んでこようか?」
「……君は本当に後先考えないな」
と言いつつ、商店街に馴染んでいるウエスターなら、電気屋や電話屋にうまいこと手続きを頼んでくれるかもしれないな、と思う。まあ、やってみる価値はあるかもしれない。
「じゃあ、頼むよ」
とサウラーは言った。そのとき、理由もなく、嫌な予感を感じた。その予感の正体がわかったのは数日後だった。

 ウエスターはうまいことコネを利用し、数日して、屋敷に電気屋がやってくる手はずになっていた。だが、取りやめになった。結局、サウラーの作ったパソコンが、インターネットの恩恵を受けることはなかった。
 サウラーの嫌な予感は的中していた。そんなにややこしい事態でもなく、じゅうぶんに予想の範囲内ではあったのだが、ウエスターがパソコンを壊したのだ。その日、サウラーが目を離したすきに、パソコンの電源が落ちていた。何度ボタンを押しても反応しない。完全に壊れている。その事実を確かめ、部屋の隅の方でこそこそと隠れているウエスターを見つけて、サウラーはため息をついた。
「別に怒らないから、ねずみみたいに隠れているのはやめてくれないか」
「すまん、いやまじで、すいませんっ!」
きっちり九十度の角度で、ウエスターが姿勢よく頭を下げた。その姿を見ていると、目を瞑っておいてやろうと思ってしまうから不思議だ。サウラーが何時間もかけて完成させたパソコンを、ウエスターが一瞬でダメにした。その事実だけ見れば、自分は激怒してもおかしくない。むしろ怒るべきかもしれない。でも、彼を見ていると、怒っても仕方ないような気がしてくる。成績最低のウエスターにクラインの手紙が届かないのは、総統メビウスも今のサウラーと同じ気分だからなんじゃないだろうか。
「サウラーが使わせてくれないもんだから、つい」
「別にいいよ」
「本当に?」
サウラーの穏やかさが心底不思議だと言いたげに、ウエスターは不安そうにおどおどしている。
「いいんだよ、作っただけでも結構楽しかったし」
そう口に出してから、そうだ、自分はあの作業が結構好きだったのだ、と気づいた。だから、そんなに腹が立たない。今まで知らなかった自分の感情のメカニズムを、初めて知ったような気がする。新鮮な気持ちだった。
「俺、また見つけたら拾ってくるし、いらなさそうな人がいたら絶対もらって帰ってくるから」
ウエスターはまっすぐに、サウラーの方を見た。
「だから、そのときはまた、組み立ててくれるか、サウラー」
「うん」
頷きながら、彼のダメさに目を瞑ることは、自分にとっては結構幸せだな、と思った。不幸集めの資料にはならない、いらない情報だ。パソコンを作ることも、ドーナツを食べることも、誰かと一緒に過ごすことも。それらが幸せにつながっていることを知っても、不幸集めの役には立たないのに、自分はどうしてそんな情報ばかり拾い集めてしまうのだろう。そんな自分は、まったくもって不可解だ。メカニズム解明のため、調査を重ねる必要がある。そんなことを考えつつ、紅茶を淹れるためにサウラーは立ちあがった。



090922