実はと嘘つく人について

「実は、空の雲って食べられるんだってさ」
ある日、屋敷で筋トレをしているウエスターに、サウラーはそんなことを言ってみた。
「何味なんだ?」
ウエスターはそう返答してきた。すごくまじめな顔だ。
そんな答えが返ってくるとは思わなかったので、ちょっと返事が遅れる。
「えーと、わたあめ、みたいな……」
「わたあめ!」
サウラーの適当な返答で、ウエスターの目の色がどんどん輝きを増していく。どうやら、わたあめは彼の好物のようだ。この間の縁日で買ったのだろうか。
「よし、いいことを教えてもらった! ありがとうサウラー!」
と叫びながら、ウエスターはものすごい勢いで屋敷の外へ飛び出していった。サウラーは呆然と見送ったのち、読書を開始した。いくらウエスターが馬鹿でも、すぐに嘘に気付いて戻ってくるだろう。そう思ったからだ。しかし、結局ウエスターは日が暮れてから帰ってきた。悄然としたまま、「俺には手が届かなかった……」とつぶやいたウエスターは、なんと、サウラーの言葉が嘘だと言うことに気づいていないようだ。
「背伸びしても、ジャンプしても、無理だった。みんなどうやって取ってるんだ?」
と問いかけてくるウエスターに何を言えばいいのかよくわからなかったので、「さあね」と言っておいた。


 それからしばらく、ウエスターは空の雲を手でつかむ方法について考えつづけていたようだが、いつのまにか忘れてしまったらしい。もしかすると、忘れたのではなく諦めたのかもしれないし、嘘だと気付いたのかもしれなかったが、別にどれでも一緒だろう。サウラーにとってはどうでもいいことだった。
「なあ、いい不幸集めの方法はないか、サウラー」
その日は、別にどうということもない普通の日だった。プリキュアが現れるわけでもなく、ウエスターやイースが出撃したわけでもない。サウラーも、いつもどおり屋敷で読書をしていた。
「うーん、そうだね。実は、とっておきの方法があるんだ」
「なんだなんだ、教えてくれ!」
ウエスターが興味津々な表情で問いかけてきたので、サウラーは本の文字を目で追いつつ、
「反復横とび、百回」
「はんぷくよことび? 俺がやるのか?」
「うん」
「それで、どうして不幸がたまるんだ」
さすがにこの嘘はあざとすぎたかな、と思いつつ、サウラーは適当な理由をでっちあげる。
「激しい運動をすると、身体が酸素を吸収して二酸化炭素を放出する。その二酸化炭素は、温室効果ガスだ。これが増えると、地球がどんどん暑くなる。みんな暑いのは嫌いだから、不幸になる」
「つまり、俺が頑張って運動すると、不幸のゲージがたまる!」
こんな理屈で納得する人間は地球上にこの男だけだろうな、と思いつつ、「そういうことになるね」と適当な発言をしてみた。別にウエスターをいじめたいわけではなく、暇なだけだ。
「よし、はんぷくよことび百回!頑張るぞ!」
彼の間違った情熱と体力の有効な使いどころはないものだろうか、と思いながら、サウラーはぴょこぴょこと飛び回るウエスターを見ていた。さすがに、普段から筋トレやらボランティア活動やらで鍛えているだけあり、疲れた様子はなさそうだ。ただ、時折数を数えるのを間違えているので、明らかに百回を超えているのにカウントが百に達しない。仕方ないので、代わりに数を数える役目をしてやろうかと一瞬思ったが、面倒なのですぐにやめる。
 そこへ、イースがやってきた。先ほどまで占い師の仕事をこなしていたらしく、ローブを着ている。
「え、なんでウエスターは跳ねまわってるの?」
彼女は謎の状況に戸惑い気味のようだ。
「反復横とびをしてるんだ。不幸をためるためにな!」
ウエスターのはつらつとした返答を聞いたイースは、だいたいの事情を察したらしく、「サウラー、あんたね……」とこちらを見た。
「いくらウエスターが馬鹿でも、からかって遊んじゃ駄目よ」
イースは小声でそう忠告してきた。
「別にいいだろう、減るもんじゃないし」
「気の毒でしょう。しかも、このままだと報告書に書いちゃうわよ、あいつ」
ああ、そういえば報告書というものがあったんだっけ……とサウラーはぼんやり思う。
「ウエスター」
「なんだ?」
サウラーは一瞬迷ったが、真実を告げてやることにした。
「ごめん、さっきのは嘘だ」
「え、うそ?」
ウエスターが、嘘、という単語の意味を理解するまでに数秒かかった。
「ええええええっ!! 嘘なのか!!」
反復横とびしながら、ウエスターが大仰な動作で驚いた。器用すぎる。サウラーは少し感動した。
「あと、ついでに言うと、空の雲が食べれるってのも嘘だ」
「俺、信じてたのに!」
今度は反復横とびを止めて驚きながら、ぴょーんと高く跳ねた。やっぱり器用だ。
「なんで嘘なんかつくんだよ……」
と、ウエスターは急にしょぼんとした様子になる。が、すぐに怒りが芽生えてきたらしく、眉をつりあがらせてこう叫んだ。
「うそつきはドロボーと一緒なんだぞ! サウラーはドロボーだ! わるいやつだ!」
「他人の不幸を集めてるウエスターくんにわるいやつとか言われても……」
説得力が皆無、というか、よく意味がわからない罵倒語だった。嘘つきは泥棒と一緒、という前提条件がそもそもちょっとおかしい。
「仲間に嘘をつくなんて最悪だ!」
とぷりぷりしているウエスターは、どこまでもお人よしというか、馬鹿だった。サウラーはウエスターを仲間だと思ったことはないけれど、ウエスターは心の底から仲間だと思っているのだ。その齟齬がとてもおもしろい。この「おもしろい」はもちろん、インタレスティング、興味深い、という方の「おもしろい」だ。

「実は、ぼくはそんなに君のことが嫌いじゃないんだ」

サウラーはどさくさにまぎれて、そんなことを言ってみた。もちろん、
「嘘つきの言うことなんか信じないからな!」
というウエスターの返答まで、きちんと見越していた。見越していなければ、こんなことは言わない。
「……サウラー、あなたって、意外と……」
そんな二人のやり取りを黙って見ていたイースは、サウラーにしか聞こえない声で言う。
「不器用、よね」
「そうかもしれないけど、放っておいてくれないかな」
やれやれ、とサウラーは思ったし、たぶんイースも同じ言葉を心に浮かべていることだろう。
「甘酸っぱいわ……」
というイースの独り言は、とりあえず、無視した。ウエスターの機嫌は次の日にはすっかり直っていたし、サウラーがどさくさにまぎれて言った言葉も、適当についた嘘のことも、全部忘れているみたいだった。ちょっとだけ残念で、ちょっとだけ楽しくて、ちょっとだけおもしろかった。
 また今度、彼に嘘をついてみよう。
 ただし、次はエイプリルフールに――
 サウラーは今、彼のためのとっておきの嘘の内容を、わりと真剣に考えている。



090924