繋いでは放して、触れては呑まれて

一冊の本を消化したら、その本の代わりにまた本棚から本を取り出して、机の上に置く。読書は大好きでも、そんなどうでもいい作業の繰り返しには飽き飽きするなあ、と思っていた。だが、一方でウエスターは、延々とかき氷にシロップをかけて食べまくっていた。いくら消費しても、また新しいかき氷を作る。彼はなぜその行為に飽きないのだろう。純粋に、疑問である。
「サウラー! かき氷うまいぞ!」と毎日のように勧めてくる最近のウエスターの舌は、青い。どうやら、今はブルーハワイという味にハマっているらしい。自然界にはもともと青いものというものは存在せず、青い食物というものを見ると人間の食欲は自然と減退する傾向にある、という無駄な知識を得てしまったサウラーには、ブルーハワイをおなかいっぱい食べられるウエスターの気持ちが全くわからない。知識が行動の邪魔になるということはたまにあるが、知識がないためによく不幸な目に遭うウエスターを見ていると、やはりこの世界で生きるために、知識は必要ではないかとも思う。微妙なジレンマだ。

「サウラー! おまえも一緒にブルーハワイ食べようぜ!」
今日も、ウエスターは不幸を集めることも忘れて一心不乱にかき氷を食べている。一気に食べると頭が痛くなるということだけは学習したのか、しゃくしゃくと山を崩してから食べるようになっていた。
「それ、おいしいの?」
そんな色のものがおいしいわけがない、という前提で問いかけてみたのだが、
「おいしいから食べてるに決まっている!」
と自信満々な答えが返ってきた。
「少なくともぼくの美的センスでは、その色は許容できない」
「そうか、じゃあサウラーの分まで俺が食べていいんだな!」
最初からくれる気はなさそうにも見えたのだが、今日のウエスターは珍しく、サウラーの分まで作っておいたらしい。食べ物に関する気遣いに関しては、ウエスターはわりと気まぐれだ。イースやサウラーの分もドーナツを買ってきたこともあれば、「絶対にやらん」とか言いつつ一人占めしていることもよくある。たぶん、そのときの心の余裕や腹の具合に左右されるのだろう、とサウラーは分析している。
 二人分のかき氷を作る、というウエスターなりの思いやりを無為にするのはかわいそうだし、ちょっとだけ食べてみたかったし……と少し思案して、サウラーはこう言った。
「ちょっと待って。今後の勉強のためにも一口もらっておくことにする」
「おう。じゃあ、こっちがサウラーの分な!」
少し大きめの容器は、ひんやりと冷えていた。白い氷の上に、ウエスターが青い溶液をだばだばとかけていく。やはり、食べ物の色には見えない。どんな味がするのか見当もつかない色だ。ここで怖気づいてもウエスターに馬鹿にされるだけなのだが、これを口に入れるのには絶対に勇気がいる。
 とりあえず、ウエスターのまねをして、スプーンで山を崩してみる。スプーンが音を立てて山を崩し、スプーンを離すと、山が液の中に少し呑まれて埋まる。またスプーンで触れると崩れて、離すと山が低くなる。なんだか少しだけ、おもしろい。
「早く食べないと、溶けるぞ」
「……わかってるよ」
目の前で、ウエスターは氷の上の方をスプーンで突き崩してすくって口に入れる。そうか、これはそこらへんを食べるものなのか。ウエスターの食べ方を観察しながら、サウラーもそれを試してみることにする。
 スプーンで、氷の上部をすくう。あまりうまくすくえず、少ししか取れなかった。が、味見をするだけなのだから、少しで十分だろう。そう結論付けて、サウラーは意を決してそれを口に入れた。
「どうだサウラー、うまいだろう」
「…………あまい」
口に広がる甘さは、予想外に美味だった。奇妙な味がするに違いないと思っていたのだが、そこそこ自然な甘さだ。これなら普通に食べられそうだ。サウラーはもう一口スプーンで氷をすくって、食べる。やはり、甘い。
「ウエスターくんがつくったにしては、まともな味だね」
素直に褒めるのも癪なので、ちょっと遠回しな褒め言葉にしてみたのだが、
「かき氷は、誰が作っても同じ味だぞ、サウラー」
と、きょとんとした顔で言われてしまった。

 結局、サウラーはかき氷を完食した。ウエスターが自分の食べる分をもう一度削り始める様子を眺めながら、固い氷がスプーンで突き崩されていくという現象は、いつも意外な発想や発言でサウラーを驚かすウエスターに似ている、とふと思った。ふいに隙を突かれると、サウラーが構築していた安定した知識が、揺らいでしまったりすることもあるのかもしれない。これはつまらない感傷だけれど、氷が青い溶液に埋没して形を失っていくように、サウラー自身の形も、気づかないうちに変化するのだ。ほかならぬ、ウエスターと言うイレギュラー要素の介入によって。
 甘くて青い溶液の中で溺れることのないように、知識と頭脳で氷を固めていかなくてはならないだろう。
 そう考えて、サウラーはウエスターには見えないように少し笑んだ。




090928