月光灯が消える帰路

 サウラーはゆっくりと夜の帰路を歩いていた。
 先ほどまでは月が道を照らしていたけれど、今はもう月は、雲に隠れて見えない。サウラーは太陽の光より、月の光が好きだ。暗闇を無理矢理照らしだすことはせず、静かに少しだけの明るさを与える月明かりの方が、落ちつく。
 さっきまでは、自分が歩いている限り、いつまでもずっと、月は道を照らしていてくれるような錯覚を覚えていた。そこに存在することが当たり前であるような、気がしていた。それなのに、月はあっさりと雲の背後に隠れて見えなくなってしまった。
「まるで、イースみたいだ」
サウラーはそう呟き、空を見上げる。月のない空を漂う、行き場のない黒い雲は、きっと自分とウエスターなのだ。いつでも隣で静かに、しかし強い志を抱いていたイースは、もういない。太陽の光を受けて静かに輝くことを、やめてしまった。
 ラビリンスから抜け、幸せを追い求め始めた東せつなの笑顔は、太陽そのもののようだった。
 ウエスターはその笑顔に絶望したのかもしれないが、サウラーはそれを見たとき、何も感じなかった。ただ、静かで冷たい月のようなイースの方が、東せつなの笑顔よりも、美しいと思った。イースだけが、一緒にいて安心できる、自分の類似形だったのだ、と感じた。ウエスターも管理されているということに関してはサウラーと同じだし、彼と一緒にいるのも悪くはないのだが、自分と同じ形をしているのはイースだけだ。ウエスターは、あまりにも自分とは違いすぎる。なぜか、サウラーはそう確信していた。
 それを自覚したとき、ウエスターほどわかりやすい形での未練はなくても、自分もイースに戻ってきてほしいと考えているのかもしれない、とようやく気づいた。太陽よりも月を求める自分の生き方。自分で輝くことを諦め、月のように光を受けて生きたいと願うサウラーと、彼女はきっと、似た者同士だった。自分とイースは、確かに同じ目をしていた。
 イースが死んだとき、もう会えなくなるということはわかっていた。なのに、未練はどうしようもなく後に尾を引いて、くすぶり続ける。もしもイースがプリキュアにならず、あそこでそのまま死んで終わっていたなら、こんな未練の形にはならなかったのだろうか。それとも、どちらにしても同じような結末に至っていたのだろうか。幾度も考えては見るものの、答えは出ない。
 考えているうちに、いつのまにか道は終わっていた。
 見慣れた屋敷の前に立ちながら、空を再び見上げてみる。月はない。もうそこには、月は存在しないのかもしれない。昼になったら、月は太陽の光で見えなくなってしまう。そうなったら、もうそこに月が存在する意味がない。あってもなくても、同じになる。明るくなる前に、夜の月の姿を見ておきたかったのだけれど、それは叶わない願いというものなのだろう。
 屋敷の前にはいくつかのガラクタが並んでいる。ウエスターが拾ってきたものだ。この世界の、正体のわからない、ものたち。彼がいろんなものを拾ってくる理由は、決して好奇心だけではないのだ。いつだったか、ウエスターのこんなつぶやきを、サウラーは確かに聞いていた。

「イースが帰ってきたときに、物がたくさんあった方がきっと喜ぶ」

サウラーは、聞こえなかったふりをした。イースはそんなことでは喜ばないかもしれないし、きっとイースはもう帰っては来ないだろう。しかし、それをウエスターに言ったら、彼は悲しげな顔になるに決まっている。そんな表情を好んで見たいとは、サウラーは思わない。だから、聞かなかったことにした。いっそイースの存在自体をなかったことにしたかったが、それはできなかった。もしかすると今度屋敷に帰ってきたら、彼女が、平然と何もなかったかのようにそこにいるかもしれない――そんな微かな願いを捨てられない、それはおそらく自分たち共通の弱さなのだ。弱い自分を見なかったことにして、サウラーは屋敷の扉を開いた。



091018