脆弱な心をどうか笑って
沖縄はいいところだ、とウエスターは語った。それはもうとてつもない勢いで、滝のように喋った。彼としては楽しかった思い出を誰かに伝えたいだけだし、どうせ伝える相手はサウラーしかいないのだろう。それは理解している。だが、サウラーは彼が沖縄旅行をしている間、屋敷でノーザが空気を圧する力に耐えていたわけで、そういう部分を理解しようとしないのはウエスターの悪いところだと思う。もちろん、「なんとなく察する」なんていう高等な芸当ができるようになってしまったら、それはもはやウエスターとは呼べない何か、である。一長一短、とはいい言葉だと思う。
「ぼくも連れて行ってほしかったな」
と、サウラーは苦々しく言葉を吐き出した。
「サウラーも沖縄料理が食べたかったのか?」
ウエスターはきょとんとしながらそう問いかけてきたが、サウラーは首を横に振る。
「そうじゃない。あの女と二人っきりの空間が嫌なだけだ」
「あー、そうか……それは悪いことをした」
どうやらウエスターも、ノーザという女の独特の空気には辟易している口らしい。
サウラーは特に、ノーザの視線を感じながらだと生活しにくい。なんだか、常に見張られているようで。実際、彼女は自分たちを見張っているのだと思う。不穏な動きをしたら、消されてしまう気がする。
「ぼくは、君と二人っきりのときや、イースと君と三人で過ごしたとき、自分が幸せだとは思わなかった。でも――」
サウラーは、なぜか正直に自分の気持ちを口に出していた。
「今よりは、あの頃の方が居心地が良かったかもしれない」
冷ややかな目。冷やかな言葉。冷やかな態度。イースや自分も温かい人間ではないけれど、ノーザの冷たさはラビリンスの中でも異質だ。只者ではない感じというか、次元が違う感じ、というか。
一緒にいると、うすら寒くて怖くなる。
背筋がぞっとする。
そう感じてしまうのは、自分だけではないと思う。
彼女は捕食する側だ。サウラーとウエスターは、捕食する側でもされる側でもない。
ノーザに会って初めて、人間同士の間にも、食物連鎖のような強烈な上下関係が存在することを知ってしまった。
彼女は、容赦なく自分たちを食べてしまうことができる。
自分たちは何もできない。
自分は、脆弱だ。
プリキュアと戦って不幸を集めているときには、気付かなかったけれど――自分は弱いのだ。自分が思っていたよりも、ずっとずっと弱い。役に立たない。クローバーボックス、インフィニティ、ソレワターセ……得体のしれないたくさんの新しいもの。それらに対して、自分がうまく適応できているとは思えない。この状況は、なんだか底のない不安を生み出し続ける装置に思えて、ならない。
「ウエスターくん」
サウラーは、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの大きさの声を、自覚的に出した。
「君は、死なないでくれよ」
本当は、笑い飛ばしてほしかったのだ。バカなことを言うもんじゃない、と。でも、彼はまじめな顔でうなずいた。
そうすることがウエスターの長所だと、あらかじめサウラーは知っていた。
死んでしまった少女の面影を追いかけることも忘れて、自分たちは忙しなく生きていかなければならない。
もしかすると捕食されるのを待っている蝶のように、その場から動けずにいるのかもしれないということも、忘れて。
「ぼくらは――生きていくんだ」
うん、とまたウエスターが言った。
言葉にしてみると、それはとてつもない無理難題に思えたけれど、それでも自分は生きていく。
死んでしまった彼女の代わりに、という意味もある。
でも、それだけではなく、自分のために。
生きていく。その行動は、なんでこんなに重いのだろう。重労働、といってもかまわない。
重みに耐えかねて潰れてしまう前に、どうにかしなくてはならない。
思考回路をフルに活用して、
死に物狂いで、
この重みを分散させることに命をかけて、生存してやろうじゃないか。
それが自分の個性で、生き方だ。
ウエスターが、力とポジティブさで重みをどうにかするように。
自分はそうして、生き残る。
091108