奇跡の上に住んでいた

 晴れ渡る空をこの場所で眺めるのは初めてかもしれない。
 空は青く、人々は笑っている。
 南瞬はそんな風景を見ながら、感嘆のため息をつく。ああ、まさかこんな日が来るなんて。
 この国の空がこんなに美しいなんて知らなかった。
 仲間と共に国を作ることが、こんなに難しくて楽しいなんてことも、知らなかった。

「どうしたの? 瞬」
前を歩くせつなが振り返って訊いた。必然的に、目が合う。
「ぼくは、夢を見てるんじゃないのかな、って」
瞬はそう答えて、苦笑した。唐突にこんなことを言う自分は、まるで子供だ。
せつなは母親みたいに穏やかに笑った。
「瞬がそんなことを言う方が、夢みたいよ」
「そうかな」
「そうよ。いつもむすっとしてて、冷たくて、意地悪そうに笑うのが――わたしの知ってる南瞬ですもの」
でも、とせつなは付け加える。
「もしかしたら、瞬はもっと笑えるのかも」
そう言われて、心臓が跳ねた。図星だった。
そう、自分はもっと笑いたかった。ずっと焦がれていた。
西隼人の笑顔。プリキュアの笑顔。
そして笑えないまま一度死んだ東せつなの――幸せに満ちた笑顔。
全部、憧れだった。
「笑えるかな」
願いを込めて瞬がそう問いかけると、せつなが微笑んだ。「ええ」
彼女の笑顔がとても貴く愛しいものに思えて、瞬はまたため息をつかずにはいられない。

自分たちは奇跡の上に住んでいるのだ、と瞬は考えている。
誰かを幸せにしたい、幸せになりたいと願った気持ちの上にある奇跡。
かつて誰もが笑えなかったこの場所で、
今は誰もが屈託なく笑って、
食べたいものを食べて、
歩きたい場所へ歩いて、
つなぎたい手をつないで、
そして、笑う。
その全部が、どうしようもなく奇跡だ。

「ほら、瞬、ぼーっとしてないでちゃんと歩かなきゃ。買い物、まだ終わってないのよ」
せつなが瞬の前を歩きながら、明るく話しかけてくる。
ふわふわと、まるで雲の上を歩いているような足取り。
瞬は少し早く歩いて彼女に近づく。
瞬もまた、雲の上を歩いているように、重力が減ったように、歩いている。
この足元の地面を構成するのはきっと、奇跡の欠片で。
このあたたかい空気を作り出すのもきっと、奇跡の一部。

「ねえ、一言、言ってもいいかな」
瞬が言うと、再びせつなが振り返って、瞬をまっすぐに見た。
「なあに?」
「……ありがとう」
せつなは一瞬戸惑うように絶句してから、瞬に向かって無言で柔らかく笑いかけた。
その笑顔だけで、どこか救われたような気分になる。
誰かが笑うと、その笑顔が誰かに届いて、その誰かも笑う。
それもまた、一つの奇跡だ。
世界を救うなんて大層なことができないとしても、奇跡には違いない。
南瞬は、そんな奇跡の一部分としてにっこり微笑み、せつなと共に歩きだした。
「帰りに、ドーナツでも買って帰ってやろうか」
「あんまり隼人を甘やかしちゃだめよ」
他愛もない会話を交わしつつ、二人は故郷の土を踏んで進んでいく。
見上げる空の青さは夢のようだけれど、夢ではない。
そんな青い空の真ん中を、白い飛行機雲が駆け抜けていく。
青と白のコントラストがとても美しくて、二人は立ち止まり、顔を見合わせた。


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