キラキラ☆クリスマス

「…………何をしていらっしゃるんですか」
冷めた口調でカワリーノが尋ねると、
「あなたに幸福を運びに来たのです」
しわがれ声で赤服の男が言った。服と同じ色の帽子の先には、白いボンボンが付いている。肩には白いゴミ袋。
 サングラスで顔を隠してはいるが、その顔と声はどう考えても……
「ブンビーさん、ですよね」
「わ、わたしはそんな素敵な名前じゃありませんぞ。サンタクロースですじゃ」
「ブンビーさんにしか見えませんが」
自称サンタクロースは大幅にむせた。
「げほっ、ごほっ。今の私はブンビーじゃなくてサンタクロース!幸せを運ぶおじいさんってことになってるんです。カワリーノさんも合わせてくださいよ」
「なんでむせてるんですか」
「ずっと寒い国に住んでたから、風邪をひいているという設定なんです。娘にいつもやってあげてるんですよ、ははは」
カワリーノは首をかしげる。
「わたしは大人ですが、なぜ娘さんにするのと同じことをわたしにするんですか」
「そんな怖い顔しないでください。今日はクリスマス……しかし、諸事情から妻子には会えない身なので、代わりにカワリーノさんと楽しいクリスマスを過ごそうというわけです」
言い終ってから、「あ、わたし今うまいこと言いましたね、代わりにとカワリーノさんをかけてるんですよ」と嬉しそうにまくしたてた。
 ちなみに、カワリーノは特に怖い顔をした自覚はなかった。ちょっと目を開けただけだ。
「わたしには、あなたと楽しいクリスマスを過ごす予定はありませんが」
「そんな堅いこと言わないでくださいよー。カワリーノさんが楽しめるよう、さまざまなものを取りそろえてるんですから」
「たとえば?」
ブンビー、いやサンタクロースはキッチンから何かの乗った皿を持ってきた。
 丸いものが積み重なってクリスマスツリーのようになっている。よく見ると、シュークリームの山だった。
「クロカンブッシュ、っていうんですよ。おいしそうでしょう」
彼の手作りらしい。意外と器用な男だ。会社でのお茶くみの練習のついでに、料理も勉強していたのだろうか。もしくは、プリキュアの仲間に取り入るために特訓したのかもしれない。プリキュアとパルミエ王国の王子は甘い物がかなり好きらしい、ということくらいはカワリーノも予備知識として知っている。
「ふふ、これで完成じゃないんですよ、これ」
続いて、彼は鍋とティースプーンを持ってきた。かしこまった調子で歯をきらめかせつつ、ポーズをとる。
「これからわたくし、魔法をかけます。ワン、ツー、スリー!!」
スプーンをシューの上にかざし、手首を器用に使ってくるくる回す。針金のような細いものが、スプーンでシューの上に線を描いていき、きらきらと輝きを放った。
「これが我が家に代々伝わる……クロカンブッシュの飴がけでございます」
誇らしげに一礼した彼の姿は、プロのパティシエのようだった。
 認めたくはないが……けっこう、すごい。
「器用ですね」
とカワリーノがコメントすると、サンタの格好をしたパティシエは照れくさそうに笑った。
「えへへ。実は昨日、徹夜で特訓したんです」
…………付け焼刃だった。どうりで昨夜、なんだか家じゅうに甘い匂いが漂っていたわけだ。彼が飴を量産していた匂いだったのか……とカワリーノはため息をついた。どうしてそんなくだらないことに心血を注げるのか、この男は。
「ちなみに、わたしのとっておきのパフォーマンスはこれだけでは終わりません」
と言うや否や、彼の袖口からハトが飛び立った。ハトは居場所をなくし、困ったように室内を飛んでいたが、慌てて窓を開けたサンタクロースのおかげで、無事空に帰っていった。
 しばらくハトに手を振って別れを惜しんでいたが、やがて彼はカワリーノに向き直った。
「ハト以外にも、いろいろ出せるんですよ。ほいっ」
と、ブンビーは袖口からトランプの束やら花やら国旗やらを一気に出す。全部袖口から出すと、種がバレバレなのだが……とりあえず、そこには突っ込まずに拍手をしてやった。
「ブンビーさん、なかなかやりますね」
半分は嫌みで、半分は本音だった。
「いやあ、それほどでも」
照れくさそうに頭をかく。……彼に嫌みは通用しないのだった。
「……ところで」
カワリーノは真顔に戻って問う。
「クリスマスって、何ですか?」

 彼の目が点になる。しばらくしてから、彼はクリスマスについて説明をしてくれたが、カワリーノにはそもそも、どうして見知らぬ人の誕生日を祝わなければならないのかわからない。自分の誕生日すら祝ったことがないのに。
 素直な気持ちを伝えると、ブンビーは困ったような顔になった。
「うーん、とにかく、めでたいからみんなで祝うんですよ。よくわかんないですけど、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなきゃ損!って言うじゃないですか」
「……わたしは阿呆ではありませんが」
彼は腕を組んで唸った。そして少し間をおいて、歌いはじめた。
「ジングルベール、ジングルベール、すっずがーなるっ」
音程のずれた、しかし陽気な――ジングルベル。
「……何ですか、いきなり」
「騙されたつもりで、一緒に歌っちゃってください」
「嫌です」
と言うカワリーノの返答を待たず、彼は続きを歌い出す。子供のように必死に。
 いつまで経っても歌声がやまないので、仕方なくカワリーノも小声で口ずさむことにした。一緒に歌ってみると、存外楽しい気持ちになってくる。
 そういえば、いつもこの男はそうなのだ。自分の雰囲気に人を巻き込んで、引き込んで、他人の心を変えていく。
『お茶が入りましたよ』――彼の陽気な言葉に、安心を得ていた社員はきっと多かったはずだ。真っ暗な会社の中で、彼だけが明るかった。その明るさゆえに浮いてしまったこともあったけれど。
 しかしこの男は、他人のために明るくふるまっているわけではない。自分の気持ちを明るく転換していくために、人生を楽しい方向へと改革するために――彼は陽気に他人に語りかける。誰かのために、一生懸命になれる。逆境でも、諦めない。
 そういうところはある種、プリキュアに似ているのかもしれない。彼はこちら側に徹するにはあまりに――いや、これは言わないでおくか。
 彼の歌に合わせてメロディを口ずさみながら、カワリーノは彼を心底うらやましいと思った。彼の持っているものは、カワリーノには、どう頑張っても絶対に手に入れられないものだ。自分もこういう風になれたらいいのに、と彼の笑顔を見ながら、カワリーノも真似するように笑顔に似た表情を形作った。
 カワリーノがそのとき本当に笑えていたかどうかは――隣にいた彼だけが知っている。

 歌い終えたサンタクロースは、カワリーノの手のひらに小さな箱を乗せた。何ですか、と問うと、プレゼントですと答えた。
 開けてみると、ガラス細工のカメレオンが箱の中で光っていた。
 どうです、カワリーノさんそっくりでしょ?と誇らしげに胸を張るサンタクロースに、カワリーノは一言、ありがとうございます、と言った。



081224


一期後、二人で同居しているようなしていないようなかんじの二人です
この組み合わせ好きすぎる(w