今回の教訓。結論から言うなら、彼に食べ物なんてもらってはいけなかったのだ。いくら親しくなったような気がしたとしても、それはまやかしだ。月詠幾斗はあくまで月詠幾斗。目的のためなら手段を選ばない、そして何より、常日頃からいろんな意味でストレス溜まりまくりの、すれた少年だ。ぼくという存在は、元同僚であると同時にストレスを発散する道具でもあったということを、もっと早く知っておくべきだった。 しまった、と思った時には遅かった。彼がにやりと笑う姿が視界の端に映る。 ぐらりと世界が揺らぎ、そのまま意識が曖昧になっていく。 前のめりに倒れる体を受け止めたのは彼だった。 抱きすくめるように、もしくは奪い取るように。 ぼくの華奢な体は、そうして彼の手の中に落ちた。 彼は何も言わず、ふっとため息をつきながら笑った。 意識の暗転。終わりの始まり、とでも言い変えようか。 その先はあまり思い出したくない。 目を開けると、幾斗君がぼくを抱えていた。いわゆるお姫様だっこ。ぼくの体は軽々と持ち上げられ、どこかへと運ばれていく最中らしい。一応「どこか」と称してはみたが、この状況で連れて行かれる場所は今のところ、一つしか思いつかない。 抵抗したかったが、体がうまく動かない。意識も朦朧としたままで、自由に言葉を発することもままならない。さっき飲まされた薬は、どうやらかなりきつめの怪しいクスリ、というやつらしい。どこからそんなものを持ってきたのかはまったく予想がつかない。正規のルートでないことは確かだ。 彼はぼくの予想を裏切らなかった。ピンク色のネオンがともる看板を確認してから、堂々と中に入って行く。こんなところを彼の妹に見られたら大変だな、とぼくは呑気なことを考えてしまったが、そんなことを思うよりも自分の身を心配すべきであることはわかりきっている。 慣れた感じで手続きを済ませ、彼はぼくをベッドの上に寝かせた。そのとき、ようやくぼくが目を覚ましているのに気づいたらしい。 「おはよ」 きわめて自然に挨拶して、彼はシャワールームに消えた。 逃げるなら今しかない……とは思う。だが体の自由はなかなか戻らず、かろうじて手の先がぴくぴく動く程度。 水音が聞こえる。どうやら本当にシャワーを浴びているらしい。 「ちっ、くしょ……」 ろれつが回らない舌でそれだけ、言った。別に彼とこういうところに来たくないわけではないのだが、薬で眠らせて軟禁というのは感心できない……というか、犯罪ではないか。そんな行為に及ぶほど彼の心が荒んでいると思うと、何とも言えない気分になる。 彼をそうさせるのは――自分も含めた「ずるい大人」たちのせいだ。月詠家の詳しい事情は知らないが、それくらいは知っている。自分だけを例外だと思うほど、ぼくは愚かじゃない。彼にとって、大人はみんな敵だ。彼はただ大切なものを守りたいだけなのに、なぜか大人はそれを容赦なく奪う。 これは報いなのだ、と思う。元イースター社員でずるい大人なぼくには、大人たちの罪を償う義務がある。どんなに猫を被ったって、今でもぼくはどうしようもなくずるい大人だ。その証拠に、彼を救いだそうとしていない。社会的な立場や自分のメンツをすべて無視すれば、彼と彼の妹を会社から自由にすることくらい、できるかもしれないのに――ぼくはそれをしない。あくまで中立だなんてうそぶきながら、偽善的に笑って教師をしている。 変わったね、なんて言われることもある。でも、根本的な部分でぼくは変われずにいる。誰かのための一歩を、踏み出せない。大人としての体裁が邪魔をする。 そんなことを考えているうちに、シャワーの音が止み、彼が戻ってきた。 やはり体は痺れていて動かない。そしてぼくは、妙に心臓がばくばくと鳴り、体が火照ってきていることに気づく。わかりきっていたことだが、これはただの痺れ薬じゃない。いわゆる媚薬ってやつだ。そんなぼくを見て、彼が感心したように声を漏らす。 「いいかんじだな」 どこが「いいかんじ」なものか。気分は最悪中の最悪だ。 「喋れないくらい、クスリが効いてるんだな」 彼は憐れむように、かつサディスティックに笑い、ぼくの右手をからめ取った。 そのまま、倒れこむように体を重ねながら、キスを落とす。唇にも、首筋にも。 「ぁ……っ」 小さな声が出てしまった。触れられた部分がさらに熱を帯びていく。彼がにやりと嫌な微笑を浮かべるのが見えた。そんな風に数えきれないくらいにキスを重ねたあと、何の前触れもなく――彼が「そこ」に手を伸ばした。 「っ……!」 心臓ごと体が跳ねそうになる。が、神経が麻痺しているせいで、実際に跳ねたのは指先だけだ。全身の感覚が曖昧であるにもかかわらず、彼の握っているそこだけは熱を帯びてはっきりと存在を主張していた。まったく、この手の薬はどういう仕組みなんだろうか、とぼんやり考える暇も与えずに……彼はファスナーに手を伸ばした。 邪魔な布だ、とでも言いたげにぼくの着ていた服を投げ捨てて、彼はベッドに横たわった。ぼくの足のあたりにその体を横たえた彼は、器用に右手を使ってそこを焦らすように擦った。 「ひ、あっ……」 「イイ声。もっと聞かせてよ、二階堂さん」 名前を呼ばれると、耳が痺れてくる気がする。その声に駆り立てられるように――彼の触れている部分に熱が集まってくるのが嫌でもわかった。 ぴちゃ、という音がした。彼がそれを口に含んだ音だ、と認識するよりも先に羞恥が襲ってきた。舐める音。すする音。擦るように触れる手の感触。そのすべてが脳の中枢を刺激して、感覚すべてをからめ取っていく。体が重く沈んで動かなくなる。とぎれとぎれに口から出る声も、跳ねるように反応する体も、すでに自分の意志を遠く離れて彼の手の内だ。 無理やりに快楽を引きずりだされる感覚といっそ意識を手放してしまいたいという願望がない交ぜになって、自分でも何を考えているのかわからなくなる。意識が白く濁って、フラッシュのように一瞬光った。 自分でも気づかないうちに吐精していたらしい。 我に返ると、ごくりと喉を鳴らした彼が口を拭っていた。 「……出すの早すぎ」 不満げに彼が言った。 「ぼくのせいじゃな……」 薬の効き目が引いたのか、いつのまにかだいぶ楽に喋れるようになっていた。 「でも、気持ちよかったんだろ? ひいひい言ってたぜ」 「……っ!」 顔が火照る。意識が混濁していたせいで詳しくは思い出せないけれど、確かにあられもない声を上げていたような気がする。 「『幾斗君のフェラチオ超気持ちいい!最高!もうイッちゃうううっ!!』って言ってたよな」 「……いや、それは言ってないと思う」 絶対に言っていないと断言できないあたり、自分の記憶が信用できなさすぎて不安になってきた。 ……さすがにそこまでは言ってないよな?……数分前のぼく。 中学生の考えるエロ漫画じゃないんだぞ……? 自問してみるが、むなしくなってきたので答えが出る前にやめた。言っていない、ということにしておこう。自分の心の平安のために。 「続きもするのか、な」 ぼくはそう尋ねた。 「続きって?」 とぼけた彼の答えにならない答えは、相変わらず意地悪い。 「……最後まで」 と、ぼくはぼかした返答をした。「最後って何?具体的に言ってくれないとわからない」とか返されるかと思ったが、今日の彼はそこまで意地悪ではなかった。 「……してほしい?」 問い返されて、ぼくは首を横に振る。 「されるのは嫌いじゃないけど、今は嫌だ」 きっぱりとそう言った。ぼくにしては珍しく、嘘偽りのない本音だった。なんだかわからない奇妙なクスリの効果で快楽を得たところで、何か得られるわけでもない。そういうことをするのなら、もっと「正常」な場所で――したいと思った。 しかし正直なところ、この子はぼくの意見なんて無視して最後までやってしまうだろう、と思っていた。そうでなくては、わざわざ媚薬とこの場所を用意した意味がない。 触れてくるだろう。恥も遠慮もなく、ぼくをめちゃくちゃにしてしまうだろう。目を閉じて、彼が触れるのをびくびくしながら待った。 けれども、彼は触れてこない。 「二階堂さんが嫌なら、今日はいい」 その言葉を聞いて目を開くと、彼が照れくさそうに少し笑っていた。 いつもの幾斗君だ。そう確認して、安心する。 「そっか」 短い返事をすると、急に眠くなってきた。さすがに、(ほぼ)何もしていないのに年上が先に寝てしまうというのはまずい。寝るな、起きていなきゃだめだ――と思うのもむなしく、ぼくの意識は泥に沈むように再び暗転した。 「おはよう」 と声をかけられた。自分は大きめのベッドに横たわっている。服は着ているようで着ていない、いわゆる半裸だ。昨日のアレ(筆舌に尽くしがたいので詳しくは言わない)のあと、そのまま寝てしまったのだ。彼はしっかりと服を着て椅子に座っている。 ……ぼくは先に寝た上に、起きるのも相当遅かったらしい。大人としてかなり恥ずかしい事態、だった。 「なんで先に寝ちゃうかなあ、ぼく……」 「この間も同じこと言ってたよ、二階堂さん」 言われてみれば、この間も同じことをしたのだった。あのときは薬で眠らされたわけではなく自分の意志でここまで来たのだが、やはり終わった後に先に寝てしまい……こうして彼に起こされた。 「まあ、先に寝てもいいんじゃね。俺は二階堂さんの寝顔見れて嬉しいし」 と彼は言うが、ぼくはうんざりした表情でこう答えるしかない。 「寝顔を見られるのが嫌なんだよ……」 「寝顔ぐらいいいだろ。もっと恥ずかしいもの、いつもたくさん見せてもらってるし」 「それを今言うか……しかも真顔で」 謎の薬を盛られて軟禁、さらにあやうく強姦されるところだった……はずなのだが、一夜明けて、いつもどおりの二人に戻っていた。もともとぼくは、彼にそういった行為をやめさせようなんて考えていない。ああいうことを無理やりされても怒らない、などというわけではないのだが、「するな」とはっきり言えるような立場にはないのである。 ぼくを利用したいなら、存分に利用すればいい。薬を盛られるのはさすがにもう勘弁したいところだが――少しくらいなら、この子に付き合ってあげても構わない……ような気がする。月詠幾斗はあくまで月詠幾斗でしかない。すれた少年だが、彼は根本的な部分で、優しすぎる。どんな大人よりも大人びていて、本当に踏み越えてはならないラインをちゃんと知っている。今回のはぎりぎりだったような気がしないでもないが――まあ、いいだろう。若気の至り、という言葉は本当に便利だ。 「そんなことより、早く服着た方がいい。襲っちゃうぜ」 にやり、と彼が笑う。ハンターのようにその両目が光るのが見えた。昨日は結局何もできなかったので、ちょっとたまっているらしい。 「朝からサカるなよ……」 と言いつつ、ぼくはそそくさとシャワールームに逃げたのだった。 090110 このサイト初の年齢制限エロなのに、とんでもなくアレな話になってしまってすいませんでした…! 性欲満開幾斗さんとそれに巻き込まれる悠たんって素晴らしい組み合わせだと思う! 寸止めは美学!!(おい |