とある恋人たちの秒読み行為(カウントダウン)
「年越し蕎麦なのに、蕎麦じゃないとは、これいかに」
彼は不服そうに鼻を鳴らした。「これいかに」という口調がどうにもミスマッチでむずむずする。正月らしさを演出しているのだろうけれど、明らかに不自然だ。
「我が家では、年越し蕎麦はみそラーメンって決まってるんだよ」
ぼくは投げやりに返答して、鍋にもやしを投入し始める。このタイミングを誤ると麺がのびたり、もやしがくたくたになったりするので、かなり真剣である。時間も計る。
「肉は?」
「ない」
「バターは?」
「たっぷり」
「不健康」
「うるせえ」
無駄な会話をしている間に、麺がいいかんじになってきた。ぼくは、どんぶりを二つ取り出し、ざばあ、と適当に盛り付けた。
「はい、どーぞ」
食べたくないなら食べなくてもいいけど。と、付け加えようかと思ったがやめておいた。大晦日だというのに、幾斗くんの機嫌を悪化させてもいいことないだろうからなあ。年越しはスムーズに、平和に行いたいものだ。
「いただきます」
彼は、こういうときはなぜか礼儀がいい。というか、基本的に最低限のマナーは心得てるんだよなあ、この子。ときどき暴走するけど、それ以外は普通の少年だ。ただ、悲痛な運命に巻き込まれただけの……と考えて、そこで思考を意図的に停止。
いやいや、あんまり同情するとまた痛い目に遭うぞ、ぼく。
彼は同情されたいなんて思っちゃいないし、ぼくが同情してもしなくても、発情はするわけで。
無駄なことはしない。それはぼくの生き方で哲学だ。そうだろう?
と自分を納得させながら、麺をすする。眼鏡が曇るとバカにされそうなので、眼鏡はあらかじめオフだ。
「めがねしてない二階堂さんって、悪役ヅラだよね」
と、彼は無駄ににやにやしてからんでくる。今は食事中なので、スルー。
「実際、わりと悪役だから。放っておいてくれる?」
麺はなかなか美味だ。ぼくのタイムウォッチが正確に時を刻んでいた証である。インスタントラーメンをおいしく作ることにかけては、ぼくの右に出る者はいないんじゃないかな。そんな何の自慢にもならないことは置いておくとして。
「うーん、見る番組、ないね」
ぼくはテレビのチャンネルを高速で回しながらそう告げた。有名タレントが馬鹿騒ぎしているような番組はどうも喧しくて苦手だ。結局、紅白歌合戦に落ち着く。
「なんか、見たいものある?」
「特にない」
幾斗くんはちゅるちゅると麺をすすりながら答えた。
「うーん、なんか、暇だよね」
ぼくはそう話しかけてみるが、「別に」と冷たく言われてしまい、静寂が部屋に満ちる。いつものことなのだけれど、この静けさが嫌いだ。彼は無表情で、黙っていると何を考えているのかわからない。とりあえず、何でもいいから言ってみよう。
「紅白見る?」
「どうでもいい」
「ラーメン、おいしい?」
「普通」
「……えっと、今、楽しい?」
幾斗くんは一瞬だけ視線をこちらに向けた。表情は変わらない。「楽しいって言ってほしい?」
「…………いや」
ぼくは絶望しながら視線をそらした。付き合いはそこそこ長いはずなのに、どうしてこんなに彼の気持ちがわからないのだろう。そもそも無表情すぎる。ぼくはけっこうポーカーフェイスというやつが得意なつもりだったのだが、月詠幾斗にはかなわないんじゃないかと最近は思っている。
「二階堂さん」
突然、名前を呼ばれた。
「はい?」
「紅白、見る」
それは彼なりの譲歩だったのだろう。ぼくは顔をほころばせて笑った。「うん、見よう」
しばらくして、彼が「どちらが勝つか賭けよう」と言いだす。まあ、それくらいならいいか、と思ってオーケーしてみたものの、ぼくはその選択を後悔することになった。
「はい、俺の予想通り白組の勝ちです。二階堂さん、目、閉じて」
「うん? は、はあ」
まさかカウントダウン前に妙な展開にもならないだろう、と高をくくって目を閉じたぼくの上に、彼の体がのしかかってきた。
「う、わ、なにす」
抗議しかけたぼくの唇を彼の唇がふさぐ。柔らかな舌が口の中に侵入してぼくの歯の裏をなめる。テレビではしめやかに「ゆく年くる年」が流れていると言うのに、ぼくの年はゆくこともくることも忘れてその場で滞っている。バンバンと彼の背中を叩いてみるものの、その手をからめとられ、またキスをされた。舌がぼくの中を這いまわる。濃厚なキスで頭がパンクして沸騰して一周回って昇天しそうだった。
「……バターの味がする」
とか言いつつキスを中断して口を離したかと思えば、今度はボタンをはじけ飛ばせてワイシャツを剥ぎはじめる幾斗くん。うわあ、ぼくのシャツが!などと言っている場合ではなく、こんな年の暮れ方は嫌だ!と突っ込みを入れる暇もなく、さんざん乳首を弄り回した後、幾斗くんの手はぼくのズボンのファスナーに到達して、そしてそこで年は明けたのだった。
「開けましておめでとうございます。御開帳的な意味で」
飄々と冗談だか本気だかわからないことを言うこの少年は倫理委員会に一発殴られるべきではないか、と思いながら、ぼくは無残にボタンが取れてしまったワイシャツを片手で引きよせた。
「さて、新年一発目のセックスのお時間です。……超めでたいよな、これ」
「めでたくねえよ!」
去年と全く変化がない漫才のようなやり取りをしながら、今年も幾斗くんと過ごす日常と非日常が、平和に幕を開けるのだった。
100113
もうすでに年越しって日付じゃねーぞ!って言いながら書きました。
今年もこの二人をたくさん書いていきたいです!