「あーあ……また説教されちゃったよ」
二階堂悠は公園のベンチに腰掛け、そう独り言を言った。
空は憎らしいほどに――実際のところ、非常に憎らしいのだ――青く澄み渡っている。
気分のよくないときに見る青空ほどいらいらするものはないな、と二階堂はぼんやり思った。
今は昼休みだ。昼食はコンビニで適当に買ったものを早めに食べた。小学校の教師というものは、本来は昼休みも児童の相手をしたり教室か職員室で座っていたりしなければならないのだろうし、いつもはそうしているのだが、今日はそんな気持ちにはとてもなれなかった。新任教師にはよくあることだが、児童への接し方について、上司に説教されたのである。今日だけではなく、毎日のようにいろんなことを言われるので、二階堂の心は疲弊していた。児童になれなれしくすれば、教師としての自覚を持て、遊びではないのだ、離れろ、などとと言われる。逆に児童にクールに接しすぎると、もっと親しみやすくなければいい教師にはなれない、などと言われるし、女子児童に抱きつかれたところをたまたま上の者に見られたりすると、がみがみとお叱りを受けたりもする。いろいろと、面倒くさい職業なのだ。
何よりも面倒くさいことが苦手である二階堂が、何故こんな面倒な職業から離れられないのかといえば、イースター社のコネがなくなったせいもあるし、再就職の難しい時代だというせいでもあるけれども、それよりも……
(「あの子」のせいなんだよなあ)
幼い頃に失ったはずの、二階堂の「なりたい自分」のたまご。
それを取り戻してくれたのは、敵であるはずの、日奈森あむという少女だった。
そして、彼女の三人目のしゅごキャラ――スゥは、二階堂に言ったのだ。
二階堂はいずれ、「ステキな先生」になるはずだ、と。
普段なら、二階堂は人の言葉に縛られたりなどしない。むしろ、自分はすすんで他人の期待を裏切ってやるような性格だと思っていたのだが……何故だろう、あの子の期待を裏切ってはいけないような気がするのだ。あの無垢な緑色の瞳が、失望の色に染まるのだけは、嫌だ。がっかりさせたくない、ちゃんと期待に答えないといけない。自分はあの子に救われたし、何よりも自分は、彼女のことが――
「あれ、何考えてるんだろう、ぼく」
自分は、彼女のことが。
その後に続く言葉は何だというのだろう。
相手は人間ですらない。日奈森あむの……他人の、しゅごキャラだというのに。
「ちょっと頭を冷やしたほうがいいのかもなあ」
ぼそりと呟いて、二階堂は胸ポケットから取り出した煙草に火をつけた。


てのひら


仕事を夕方までこなした二階堂は、いつもより数倍くたびれたように見えるスーツと髪にうんざりしながら帰宅した。会社にいたときには、あくまで都合のいい外キャラを作るためだけに、ネクタイを緩めたりスーツを汚したり、髪の毛を無造作に伸ばしたりしていたのだが、今ではそれらに慣れつつある自分に、二階堂は少し呆れた。あの頃は顔に貼りついたような、わざとらしい作り笑いばかりしていたような気がするけれど、最近の自分の笑顔は作り笑いなのかそうでないのか、この自分は本当の自分なのか嘘の自分なのか、二階堂自身もよくわからなくなっていた。
「ただいまぁ」
誰にともなくそう言って、二階堂は自宅のドアを開けた。煙草と埃のにおいが鼻をつく。そのにおいで、ここ最近、ちゃんとした掃除をしていないことに気付いた。電気をつけつつ、
「……忙しいし、別に掃除なんてしなくても生きていける……」
言い訳のようにつぶやいた言葉は、かつての自分が、誰に向けたものだったか……それはあまり考えたくなかった。考えると、あの女の、すべてを見下したような笑いが聞こえてくるような気がして。思えば、あの女は二階堂自身に似すぎていたのだ。数学の式の上では、マイナス同士を掛け合わせればプラスになるけれども、実際には、マイナスの因子を強く持った人間が二人集っても、プラスになどなるはずがない。二人が自然に別れたのは、互いの同族嫌悪の念がシンクロしていたからだろう。
外はもう薄暗い。窓から見える景色は、なんだか遠い世界のもののように思えた。
ベッドに倒れるようにして横になる。
なんだか、ひどく疲れている気がする。体がだるい。早く、寝てしまおう。
こんなとき、あの子がいたらいいのに。意識の片隅でそんなことを考える。
彼女と、あの建物ですごした、短いけれどもかけがえのない時間を、二階堂はおそらく忘れることはないだろう。
あたたかく、淹れたてのコーヒー。すっきりと片付いた部屋。掃除機の音。時折ころころと笑う彼女の透明な声。
今ではもう戻れない場所での、大切な思い出。簡単には得難い幸せが、おそらくそこにはあった。
あの子がここにいてくれたら、ぼくはもう少しましになれるのかもしれない。
そんなことを考えながら、彼は眠りに落ちていった。

夢の中で二階堂は、スゥが自分の横でにこやかに笑っているのを見た。
(ああ、ぼくは今、自分が変わっていくのをなんだか怖いことのように感じている。でも、彼女はいつでも、変わらない笑顔でぼくに微笑みかける。無垢で無害な笑顔。甘い洋菓子のにおい。ぼくがどんなに変わっても、あの子は変わらずに、ぼくを受け入れてくれるのだろうか……)
そんな益体もない思考の中で、二階堂はまどろみながら、目を覚ましたり眠ったりというサイクルを何度も繰り返した。





その日の夜遅く、ベッドで眠っていた日奈森あむは、カタン、という音で目を覚ました。
(何……こんな時間に……)
起き上がると、ベランダへ通じる扉が少し開いている。
「あみの仕業? それともまたあのエロ猫……?」
呟きながら扉を閉めたあむは、不思議に思いながらも、また布団にもぐって寝てしまった。
彼女は気付かなかった。そのとき、まだベランダの外に潜んでいた「侵入者」の存在に――



朝、目が覚めると、二階堂の体の横に、なんだか見覚えのあるものが無造作に置いてあった。
「なんだこれ」
ぼやけた視界の中で、二階堂はそれをつまみあげた。
それは、緑色をしていて、丸く、温かい――たまごだった。
そんなものは、この世に一つしかない。
というか、それ以外に思い至るものがない。
「これ、ヒマ森さんのたまごじゃないか」
どうしてこんなところにこんなものが?
当然の疑問が浮かぶ。首をかしげていると、たまごが割れ、中からスゥが顔を出した。
「あっれぇ~どうしてせんせぇがいるんですかぁ~」
彼女も首をかしげている。自分の意志でここに来たわけではなさそうだ。
「あぁ~っ! せんせぇ、またおそうじをサボってましたねっ!」
周りを見回してからスゥはそう叫んで、どこから出したのか、小さな掃除機を駆って掃除をし始めた。二階堂の方を見向きもしないで、ひたすら埃とごみ相手に格闘している。
(この子にとっては、自分がなぜここにいるかということよりも、ぼくの部屋を掃除することのほうが大切なんだ)
エンブリオに作り替えられそうになった彼女があのとき、自分の命よりも、二階堂のしゅごキャラを心配したことを思い出す。
ああ、この子は、変わってないんだな。
二階堂はそう思ってなぜか少し、寂しい気分になった。
スゥは本当に、以前とまったく変わらないままだった。掃除の仕方、料理の作り方、しゃべり方――すべてが二階堂の知っているスゥだった。スゥはあむの「なりたい自分」だ。彼女の理想の自分が揺らがなければ、スゥは変わらない。理屈ではわかっているけれど、変わっていく自分と、変わらない彼女を、どうしても二階堂は比べてしまう。それは、惨めな気持ちを呼び寄せる思考だとわかっているのに。
変わることは怖い。だって、自分は一度、間違った方向へ「変わって」しまったから。自分のたまごを壊してしまったあのときに。正しいと信じて行動していたのに、そのすべてが間違いだと知ったときの後悔を彼は忘れないし、忘れたくない。もう二度と、過ちを繰り返したく、ないのだ。
スゥの作った朝食は懐かしい味がした。シンプルなメニューだけれど、深みのある味と優しさを感じる、そんな味だ。
その後、朝の着替えや身支度を済まし、鞄にスゥの入ったたまごを入れて、二階堂は登校した。
日奈森あむにたまごを返さなければ……そのときは、そう思っていた。



なのに。
気づいたら、二階堂は全ての授業を終え、部活を終え、帰路についていた。
スゥも、あむの元へ帰りたいなどと騒ぐことはなく、おとなしく鞄に入ったままだった。
「なんで……なんで、あの子にたまごを返さなかったんだろう、ぼくは」
自分でも自分のしていることがわからずに呟くと、スゥはにっこりと笑って二階堂の周りをくるりと一周した。
「せんせぇは、きっと、さみしいんではないですか?」
「寂しい?」
「ひとりぼっちでくらいへやにいたら、だれだって、さみしくなっちゃいますよぉ~」
「寂しかった? ぼくが?」
それは、今まで意識していなかった思考だった。
そういえば、もう久しく、児童と教師以外の人間と会話していない。家には誰もいないし、家族に連絡したりもしていない。
自分は、寂しかったのだろうか。
よくわからない。わからないけれども、もしかしたら、スゥをここに連れてきてしまったのは自分なのかもしれないと、ふと二階堂は思い至った。昨日の夜は、何度も寝たり起きたりを繰り返して、ひどく寝苦しかった。眠りの合間に、自分は家を抜け出して、あむの家からスゥを連れてきてしまったのだろうか。
思い出せない。思い出せないけれど――否定はできなかった。
「あのさ」
二階堂は言った。スゥはふわふわと浮遊しながら、黙って二階堂の目を見つめた。
「あと、あと一日だけ。ここにいてもらっても、いいかな」
スゥは笑顔になって、言った。
「いいですよぉ~」
その笑顔が、ちくちくと、二階堂の罪悪感や劣等感を肥大させていくことを、スゥは知らないのだろう。
自分はまた、彼女をさらってしまったのか?
自分の寂しさを埋めるために?
自問しても答えは出なかった。



その夜――
二階堂は、深夜遅くに目を覚ました。
枕もとでは、たまごに入ったスゥがすやすやと寝息を立てている。
鮮やかな緑色のそれを、二階堂は静かに持ち上げた。
「どうして……ぼくは……」
明日になったら、スゥはあむの元に帰ってしまう。
でも、彼は気づいてしまった。
帰ってほしくない、ずっとここにいてほしい。自分が、そう思っているということに。
「ほんっとうに、馬鹿だよなあ、ぼく」
呟きは涙声になってかすれてしまう。彼は泣いていた。
涙が、ぽつぽつとたまごの曲面に落ちて、ゆるやかに床へと落ちる。
「君のことが、好きだなんてさ」
それは、恋愛感情でも、家族への情でも、友へ向けるそれとも違っていたけれど、確かに「好き」という感情だった。
ぎゅっと両手でたまごを優しく抱きながら、しばらく彼は泣き続けた。


++


「あむちゃん、起きて!」
ランの声であむは目を覚ました。
「何~? まだ眠いよ」
不機嫌に言うと、ランの隣で、ミキが慌てた調子で言った。
「二階堂が来てる!」
「はぁ? どこに?」
「下にだよ!」
「そんなわけないじゃん。寝ぼけてんじゃないの?」
そうせせら笑ったあむに、ランがぽかりとパンチを食らわせた。
「いったーっ! 何すんの!」
「ベランダから見てみてよ、あむちゃん! 本当に、いるんだから!」
あむは、背伸びをしてベランダから外を見た。
そこには確かに、二階堂悠が立っている。うつむいているようで、顔はよく見えなかったが、鮮やかな色の髪と、クリーム色のスーツには見覚えがある。
「なんであいつが……!?」
思わず外から見えない場所に隠れながらあむは慌てた。
「もしかしたら、スゥがどこに行っちゃったか知ってるのかも」
ミキが真剣なまなざしでそう呟いたのを聞いて、あむはぎゅっとこぶしを握りしめて階下へ向かった。



あむは走って階段を降り、外へ出た。
こちらに気づいたらしい二階堂は、早足であむの元へと寄ってきて、茶色い鞄を突き出した。
「ごめん」
と彼は言った。今まであむが見たことのない、真剣な表情で。
「ちょっと、何、この鞄……」
あむの問いは聞こえないかのように、二階堂は背を向けて走り去る。
走りながら彼が、「本当にごめん」ともう一度同じ言葉を繰り返したのが聞こえた。
瞬く間に二階堂はあむの視界から消え去ってしまった。
「何だっての……あいつ」
呟きながらおそるおそる鞄を開くと、そこには緑色のしゅごたまがおさまっていた。外界から守るように、青色のハンカチに包まれたたまごからは、スゥの寝息が聞こえる。
驚きで言葉を失ったあむは、はっとして顔をあげた。
「二階堂、なんかいつもと様子が違った……」
追いかけた方がよかったかもしれない。問い詰めて、詳しく事情を聞くべきなのかもしれない。
でも、彼はきっと、今は一人でいた方がいい。
そう、あむは結論付けた。
「だって、あいつの目、赤く腫れてた……」
今はそっとしておこう。
あむはそう考えつつ、家の中へと戻った。



スゥが目を覚ましたのは、それから三十分ほど後のことだった。
「よくねましたぁ」
と大きく伸びをしてから彼女は、珍しく真顔になって、言った。
「せんせぇは? どうしたのですか? ……あむちゃん」
「二階堂ならあんたをここに置いて帰ったけど……ねえ、スゥ、何があったの? またあいつに何か……」
「せんせぇのところに行かなきゃ」
スゥが言う。なんだか、いつものスゥらしくない、とあむは思った。いつもの彼女は……もっと、穏やかで、おとなしい。
何があったのか話してもらわないと――そう思っていると、スゥが、機敏な動きで窓から外へと飛び出した。それは、普段のスゥからは考えられないような動きで、あむは驚いてその場に立ちすくんだ。
「あむちゃん!追いかけなきゃ」
ミキの言葉で我にかえったあむは、窓からスゥに向かって叫んだ。
「スゥ――!! なんで、二階堂のところに行くの!? あいつは今はそっとしといた方が」
あむの言葉を遮り、スゥが答えた。
「だって、あむちゃん! せんせぇ、なんかきのうの夜、ないてたような気が、するんです」
力強い調子でそう言うスゥを、あむは呆然としながら見送った。
「追いかけなくていいの?」
「二階堂のとこって、危険なんじゃ……」
ランとミキが心配そうにあむに問いかける。
あむはこう答えた。
「きっと、大丈夫。わたしは、スゥのこと、そして、二階堂のこと……信じるよ。」


+++


二階堂悠は、子供のようにひざを抱えて部屋の隅で座り込んでいた。
昔、工作クラブがなくなったときも、こうしてひたすら部屋に閉じこもっていたっけ……彼は、そんなことをぼんやりと考えていた。
どれくらいそうしていたかわからないけれども、コンコンと、小さく窓の方で音がすることに気づいて、二階堂は顔をあげた。
「幻聴かな……ここ、四階だし」
そう呟いて無視しようと思った彼の耳に、あの心地よい声が、聞こえた。
「せんせぇ~! 開けてください~!」
幻聴ではない、まぼろしでなどあるはずがない――確かに、彼女の声だ。
窓へ走り寄ると、ガラス一枚隔てたそこに、スゥがいた。
「なんで……」
なんで、戻ってきたんだ?
君の本当の居場所は、ここではないのに。
君を、自分の勝手でさらったかもしれないぼくのところに、どうしてまた、来てくれた――?
「せんせぇ、やっぱり、ないてたんですね」
スゥが言った。
やさしい声だった。
すべてわかっているような、声だった。
また泣いてしまいそうになる自分を抑えながら、彼は言った。
伝えたい、ずっと伝えたかった一言を。

「君と、一緒にいたかった」

「スゥも、せんせぇといっしょにいたかったです」
彼女がガラスに小さな手のひらを触れさせる。
その手にぴったりと合わせるように、二階堂も手のひらをガラスの窓に置いた。
触れてはいないけれど、それだけで心が通じあうような気がした。
二人がしばらくそうしていた、その時間は永遠にも一瞬にも思えたけれど、やがて彼女は、ゆっくりと手のひらを放しながら、
「でも、スゥはあむちゃんといっしょに、いなきゃいけません」
と言った。
「うん」
促すように、二階堂は頷く。

「だって、スゥはあむちゃんのしゅごキャラ……なりたい自分、だから」

「うん」
彼は頷いた。笑みが、自然と浮かんだ。
作り笑いではない、心の底からの笑顔だった。
それを彼女に見てもらえて、本当によかったと二階堂は思った。



スゥが去った後、部屋に一人残された二階堂は考えていた。
彼女の「一緒にいたい」と、自分のそれは、単語は同じでも、本質がまったく違う。
彼女の純粋なゆるぎない言葉と、自分のずるくて打算的な言葉は、重みも存在もまったく別次元のもので、同一ではありえない。
でも。
スゥが自分に笑いかける、その一瞬だけは――その言葉達は、同じ重みを、同じ意味をもって存在することを許されるような気がした。彼女の笑顔が、それを許すような気がした。その許しこそ、彼の一番の支えで、宝物だった。
それさえあれば、どんなつらいことも乗り越えられるくらいに貴い宝物。
(だから、ぼくは願うんだ)
彼女がまたいつか、あの天使のような笑顔で自分と同じ場所に、いてくれますようにと。
彼は目を閉じて、願う。願いつづける。
まるで儚い神への祈りのように――


++++




さびれたビルの屋上で、黒い服に身を包んだ少年が、手すりに体をあずけて不機嫌な顔でため息をついていた。
彼の周りをぴょんぴょんと飛び回っているのは、猫の手足と耳を持つしゅごキャラ――ヨル。
「あーあ。嫌がらせのつもりだったのに、なんかいい雰囲気になっちゃったにゃー」
ヨルの言葉――それは自分の心の中の言葉と寸分も違ってはいなかったのだが――に、少年、月詠幾斗は無言のプレッシャーを与えることで答えたつもりだったが、ヨルにはあまり通じていなかった。
そう――日奈森邸にあの夜忍び込んだ侵入者は、二階堂悠ではなく、彼だった。
二階堂のやり方は、元々あまり褒められたものではなかった。幾斗も歌唄も、彼の強引なやり方を好んではいなかった。
会社を辞めるというペナルティは与えられたものの、その後も日奈森あむと一緒ににこにこと幸せそうに笑う二階堂の姿を見て、なんだか幾斗はイライラを抑えられなかったのだ。スゥを誘拐して、その罪を二階堂に――そこまで考えてした行動ではなく、単なる八つ当たりのようなものだったのだが、結果的には、二階堂と日奈森あむの親交がまた少し深まってしまった、というのが幾斗は気に入らなかった。幾斗は舌打ちをしたが、突然、
「要するに日奈森あむとべたべたしてる二階堂に嫉妬してたってこと?」
心を読んだかのように背後から声をかけられて、幾斗はぎくりとした。
「う……歌唄!」
歌唄は、自分の言葉を否定しない幾斗を、絶対零度の冷たいまなざしで見ている。
「……形勢逆転ってこういうのをいうのかにゃー」
ヨルの呟きを契機に、いつもならべたべたと幾斗にくっつくはずの歌唄が、怒りとあむへの嫉妬を、一言ずつじわじわと幾斗にぶつけていく。幾斗は涼しい顔を装いながらも、内心は恐怖で震えながら、もう二度と彼女を怒らせるようなことはしないようにしよう、と堅く誓った。
ヨルは見て見ぬふりをしながら、近くの家の屋根にごろりと横になってしまった。
「……平和だにゃー」
実際そのとおりで、この日は、×たまの出現もガーディアンの出動も、イースター社の姦計もなく――つつましやかで平和な一日だった。
青い空に、一筋の飛行機雲が浮かんで消えてゆくのをぼんやりと見ながら、ヨルは幸せな眠りについたのだった。





071206



公式的に母親と息子認定された記念に書いてみたスゥ悠。
あくまで家族愛の類似型だ!と声高に主張したいかんじで。
幾斗がどういう子なのか、いまだにうまくつかめないです……いつも何考えてるんだろうあの子……