あわてんぼうのサンタクロース

「ぼくは初めから信じてなかったな。非現実的すぎるからね。そもそも、不法侵入だろう」
彼はそう言って、得意気な調子で胸を張る。こういうところが非常に子供っぽいというか大人げないのだが、たぶん自覚はないのだろう。
 「お手伝いロボ」の構想も、非現実的と言う点では同レベルだろう……とは思ったが、口に出すと怒られそうなのでやめた。怒られるだけならいいが、長々とロボット語りを始められたりしたら反応に困る。
「さぞかわいげのないガキだったんだろうな……」
「うるさいよ。君こそ、薄目を開けて起きていたりしそうじゃないか。うっかり目が合ってしまって、その後気まずくなったりしてさ」
「それ、あんたの体験談だろ」
ずばり言い当ててやる。案の定、彼は狼狽し始めた。
「な……なんでわかるんだよ……」
そこでそういう反応を見せるからだ。この人ほどわかりやすい神経の持ち主も、そうそういない。そういうわかりやすさが、小学生には好評なのかもしれない。
 あえて何も言わずににやにや笑いで返してやると、彼はふくれっ面になる。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
「別に」
「そういう君は、いつまで信じてたのさ」
彼がそう問い返してくる。社交辞令みたいなものだ。適当に返事すればいい。適当にあしらっておけば――何も悟られなくて済む。
 そうわかっていたのに、つい過去へと思いをはせてしまった。
「いつまで、だろうな……」
唯世や歌唄たちの笑顔とともに在ったクリスマス。綺麗に飾りつけられたツリーや、テーブルの上に乗ったごちそうが思い出される。
 いったいいつだろう……イースターという存在によって、それらが真っ黒に塗りつぶされて消えてしまったのは。
 唯世はもう自分を兄として慕ってはくれないし、歌唄だって昔のように笑ってくれることはない。かつて一緒にいてくれた家族の幸せは、もう――戻らない。
 幾斗が黙っていると、彼はバツが悪そうな顔になった。ごめん、と謝られてから自分のミスに気づく。
 そんな顔、させたかったわけじゃない。
 楽しい雰囲気を、壊したかったわけじゃないのに。
「あー……」
彼を元の笑顔に戻したい。
 何か、言わないと。
 そう思いはするけれど、何と言えばいいのかまったくわからない。

「ぼくが、サンタクロースになってあげる」

沈黙を破ったのは二階堂の方だった。
 幾斗が面喰って黙っていると、
「君が望むものを、枕元に置いてあげる。今までのクリスマスがつまらなかったなら、そのつまらなさを帳消しにできるくらい素敵なクリスマスを、プレゼントしてあげる」
勢いに任せて一気にまくしたて――彼はほっと息をついた。そして、機嫌を伺うように言う。
「それで……どうかな?」
その必死な様子に、思わず笑ってしまった。
 こういう妙な言葉がいきなり飛び出してくるから、自分はこの人のそばから離れらないでいるのかもしれない。ある意味で理想的な「先生」で、不器用ながらも面倒見のいい「大人」。大人なんて信用できないと思っていたけれど――この人なら、信じてみてもいいと思った。適当にでっち上げた嘘のような、馬鹿みたいな言葉でも、真実にしてしまいそうだから。
「……ほんっと、二階堂さんって物好きだよな」
「物好きって何だよ」
むっとしたように言い返す彼の頭に、ぽんと手を乗せた。
「褒め言葉だから。よしよし、いい子いい子」
棒読みで言いながら頭を撫でてやる。
「褒められてる気がしないんですけど。ていうかケンカ売ってるだろ!」
自分の手を振り払いながらぷりぷりと怒りだす彼が、とても愛しく思えた。

 ……まだ、自分を不幸だと思い込むには早すぎた。歌唄も唯世も、いなくなったりしてはいない。あむやヨルだっているし、この人もどうやら、見捨てずに一緒にいてくれるようだ。もう少し、望みを持ってみようか。たとえ、やがて潰えてしまう望みだとしても。一時だけの幸せだとしても――ないよりはましだ。

 あわてんぼうどころか、おっちょこちょいでドジでヘタレで、そのうえ偏屈。とんでもなくロースペックのサンタクロース。赤い服を着た彼が、煙突から家に侵入しようとして落っこちた挙句に子供に見つかり、大騒ぎになる様子を想像して、幾斗はくつくつと一人で笑った。
「……何、笑ってるんだよ」
言葉は怒っていたけれど、二階堂も幾斗に釣られるように笑顔になっていた。それを見ていて、プレゼントはもうもらっているのかもしれない、と陳腐なことを思う。
 今までの暗いクリスマスを帳消しにしてしまえるほどの、素敵なクリスマス。
 ――それはもしかしたら、今日なのかもしれない。
「プレゼント、落とさないようにな。……どうせ木工用ボンドとかだろうけど」
「余計な御世話……って、なんでボンドのことを君が知ってるんだっ!」
幾斗の軽口に、二階堂の軽快なツッコミが入る。
「さあ、なんででしょう」
 彼が自分の隣で笑っている。誰かと笑い合える今日という日は――とても特別で、聖なる日にふさわしい。その特別な幸せは、かつて自分が持っていたものと同じもの。すでに手放してしまったように思っていたけれど、その思いは鮮やかに改革されていく。
 まるで魔法のようだ、と思ってから、自分のロマンチシズムに呆れてしまった。こんな奇妙な気分になるから、人は今日という日を照れ隠しのように祝うのかもしれない。
 彼の笑う声が、鼓膜に響いて記憶に残る。できるならその記憶を永遠にとどめておきたい、と心から願った。


081224