お誘い

 ここ最近、彼は荒川河川敷の住人たちに夢中だ。
 金星女王やら、女王の手先やら、その他の愉快な仲間たちやら。
 仕事場に戻ってきてもその話ばかりで、仕事場で待っているしかないわたしとしては、ちょっと焼ける。

「今日も、金星女王の調査に向かっていたのだ。やはり彼女は荘厳で美しく――」
帰ってきてすぐに、彼はきらきらした目をこちらに向けてくる。
トーン屑を机の上で弄びつつ、わたしはその話を最後まで聞いた。
荒川河川敷の日常は、かなり現実から遊離しているもので、聞いているだけでも結構楽しい。
「――で、明日もまた調査ですか?」
少し拗ねたように、わたしはそう言ってみせた。
「いや、明日は違う」
「では、原稿を描かれるのですか?」
「原稿はもうだいたいできている。明日やらなくてもいいだろう」
「……それでは、明日の予定は?」
彼は地球防衛軍としても漫画家としてもわりと、ワーカーホリック気味なところがある。
仕事以外の趣味はあまりなく、趣味は仕事に直結しているタイプ。
そんな彼が、仕事の予定を入れないなんて珍しい。
まあ、『地球防衛軍』の方の仕事は、仕事というより限りなく無意味な趣味に近いものなのだけれど。

「明日は、映画を見に行く」

彼は胸を張って、そう断言する。
「お一人で、ですか?」
「違う、君とだ」
「は?」
いきなりすぎる申し出に、わたしは首をかしげる。
「君、さっきからちょっと怒ってるだろう」
わたしの目をまっすぐに見て、彼が言った。
「きっと、よくない電波の浴びすぎだ。そういうときは、他のものに気を向けるのが良い」
「……別に、怒ってませんけれど」
電波云々という部分には突っ込みを入れない方がいいだろう、と思った。
もとより、彼が電波的な意味で覚醒して以来、その手のことには言及したことがない。
電波さんに突っ込みを入れるのは不毛だ。
「いや、きっと無意識下では怒っているんだ。地球にはわずらいごとが多いからな。仕方のないことだと言える」
「…………」
あなたも地球人だったような気がしますけど。
地球に住みながら、宇宙的な視点でものを語る彼の不可思議さに、わたしは思わず微笑んだ。
「明日は、忙しいのかい?」
「忙しくはないですよ」
「じゃあ、わたしと映画に行ってくれるかな」
「いいですよ」
わたしはそう答えて、本心を悟られないように笑った。

きっと、この人はSF映画を見ながら子供のようにはしゃぐのだろう。
仕事の鬼ではない、本当の彼を知っているのは、わたしと荒川河川敷のメンバーだけだ。
だから明日はたぶん、彼を一人占めすることができる。
もちろん彼はわたしよりもSF映画に夢中なのだろうけれど――それでも、その時間を共有できることは嬉しい。

「明日が、楽しみだな」
どこか緊張したような仏頂面でそう言う彼の横顔を、いつまでも眺めていたいと思った。


100504



新刊の隊長がかわいかったので隊長夢。
隊長の電波さとまっすぐさが大好きです。