うさぎ
「やはり納得できん」
彼は不満そうにそう申告する。
真面目な顔であればあるほどアホなことを言うのが彼なので、わたしは少し身構える。
「何がですか?」
「宇宙ウサギだよ!」
……宇宙ウサギ。
彼の漫画に登場する、薄気味の悪すぎるキャラクターである。
薄気味の悪さに気付かない彼だけが、その奇怪な容貌に萌えつづけている。
「あんなに萌えるのに、また苦情が来たんだよ! まったく信じられん!」
「あの不気味なうさぎが、萌えですか……」
この男の趣味は、時折よくわからない。宇宙ウサギはその体内にブラックホールを宿しているという設定だが、それは萌えというよりホラーな設定のような気がする。
「あの愛くるしさがわからないなんて……読者の目は節穴か」
「むしろ、あれを愛くるしいと思う先生の目がブラックホールですよ」
「むむう……なぜだ……?」
心底不思議そうに彼が首をひねる。
「あ、もしかしてパンチラがないからか!?」
萌え漫画を描いているわりに、萌えに関する知識が貧相な漫画家だ。
それはやはり、自分でも萌えというのが何なのかわからないまま、『描かされている』だけだから……なのだろうか。
わたしもプロの漫画家を目指してここにいるわけだが、自分の描きたくないものを描くというのがどういうことなのかは知らない。わたしは、未熟であるがゆえに、自分の描きたいものしか描いてこなかった。プロになれず、アシスタントに甘んじているのも――もしかすると、未熟だから、なのかもしれない。自分が描きたいものを描くのはプロじゃない。描きたくなくても描かされるのが、プロだ。ここにいる先生のように。
「先生は、アホだし電波だしたまに失踪するし、単純すぎて泣けるくらいに単細胞だし、私服のセンスが最悪ですけど、わたしは先生のこと尊敬してますよ」
「それは褒めているのか? それともわたしをまた失踪させようとしているのか?」
「褒めてます。きっと、先生の良さはわたしにしかわからないんです」
「あ、もしかして、わたしにとっての宇宙ウサギみたいなものか!」
「そうですね、わたしの宇宙ウサギは、先生なんです」
頭の中身が底なしのブラックホールな地球防衛軍隊長。
この人が本当はとっても『萌え』る人であることを――わたしだけが、知ってる。
奇怪なウサギが彼にとってのオンリーワンであるのと同じくらい。
わたしにとっての彼も、オンリーワンなのである。
「それはちょっと嬉しいかもしれないな。君にも宇宙ウサギのよさがわかったということだ」
「いや、宇宙ウサギの良さはわかりかねますけど」
「……手痛いな……」
照れたように頬をかく彼を見て、わたしは極限まで愛される宇宙ウサギに少し、嫉妬した。
100508
隊長と言えば宇宙ウサギとブラックホール萌え、ということで。