かみさまとバレンタイン





 この思いに、見返りを期待しているわけではない。
 わたしが破壊神のことを気に入っているのも、ここへ修業へやってきたのも、わたしの個人的な行動。
 彼にも同じようにわたしを愛してほしい、と考えるのは傲慢だろう。
 でも時折、むしょうに見返りがほしくなる。そんな自分が、悲しい。
 だって、彼は生まれてこの方、見返りなんてほしがったことはないだろうから。
 純粋な破壊の化身であるところの彼は、いつだって純粋に破壊だけを行う。
 
 +++

 その日、わたしは、どきどきしながら彼にチョコの包みを渡した。
 ふんぞり返って椅子に座った神さまは、相変わらず眠たそうだ。
「はい、ビルスさま。チョコレートです」
「お、気が利くねぇ。妙に気合い入ってるチョコじゃないか」
 ぺりぺりと包みを開けた彼は、一瞬でぺろりとチョコを平らげてしまった。
 その無垢な表情から、チョコレートに特別な意味を読み取っていないことが伺える。
「あの、ビルスさま。きょうはなんの日か、知っていらっしゃいますか?」
「いや。知らないけど。なに、きみの誕生日とか?」
「ち、違います。きょうはバレンタインデーといって、お世話になったひとにチョコレートを贈る日なのですよ」
「へー。ぼくは日ごろからきみによくしているからね。チョコレートをもらえるのも当然のこと、というわけだ」
 誇らしげに胸をはる姿がかわいらしい。しっぽをもふもふしたくなってしまう。
 どうやら、バレンタインデーのことはほんとうに知らないらしい。
 『アニメ』は知っているのに『プリン』を知らなかったりする彼は、地球の文化には疎いらしい。
 恋人にチョコレートを贈る習わしについては伏せておこう、と思った。
 余計な知識を付け加えて、変な勘ぐりをされてはたまらないからだ。
 猫によく似た神さまは、しばらく、チョコレートのついた手をぺろぺろとなめていた。こうしていると、ほんものの猫かと思ってしまうくらい、かわいらしい。破壊の権化とは思えない。
「……ちょっと、ウイスを呼んでくれる?」
 チョコレートを舐め終わって、急に真顔になった彼は、なぜだかそう言った。わたしはキョトンとする。
「ウイスさんに、なにか用事ですか?」
 ビルスさまは、ほんとうのことを言おうか悩むように、視線をさまよわせる。
「世話になった人にチョコレートを贈る日だと、きみは言ったよね」
「言いましたけれど」
「それを聞いて、ぼくもきみにチョコレートを贈りたいと思ってね。ウイスに買い物を頼みたいんだ」
 自分で買ってくる、とは死んでも言わない。立ち上がることすらない。
 そんなところがとても彼らしくて、わたしは笑ってしまう。
「ありがとうございます。ビルスさまにチョコレートをいただけるなんて、光栄の極みです」
「そうでしょ? ぼくもね、初めてなんだよ。他人にチョコレートをあげるの」
 彼の言葉で、わたしもチョコレートをもらうのは初めてだと気がついた。
 料理人としてひたすら生きつづけてきたせいだろうか、誰かから料理をもらったことはあまりない。
 神さまにチョコレートをもらうなんて、きょうはふしぎな日になりそうだ。
「これだけ長く生きているのに、まだまだ『初めて』がたくさんある。それってとてもおもしろいことだよね」
 彼のひとりごとは、チョコレートの残り香と一緒に、ゆるやかに溶けていった。


20160214
 
 
 戻る