「本気なのですか? 集めたドラゴンボールを、その、フリーザさまの」
「おっと、恥ずかしいのでそれ以上は言わないでください。あなたとわたしだけの秘密です」

 ……お茶目な感じで、指を口に当てて「シーッ」というポーズをとられてしまった。わたしの上司は、いつでもこういう調子で、ふざけているのだか、本気なのだか、よくわからない。
 今回も、ドラゴンボールでさぞかし大きなことをやろうとしているのだろうと踏んでいた。でも、実際には彼の目的は、ものすごく、すさまじく、スケールが小さかかった。秘密にしろと言われてしまったので、これ以上は言わないけれど。

 この一室にはいま、彼とわたししかいない。ほかの部下たちは出払っているようだ。時折、こうしてふたりきりになることがある。その真意はとても読めそうにない。

「あなたのことは、とても気に入っています。このわたしのとなりにひとりで立つことを許してもいい程度にはね」

 彼はそう言って、わたしと目を合わせてにこにこ笑う。愛の告白ともとれそうな発言だが……果たしてそうとってもいいものだろうか。正直、「気に入っている」なんて言葉は鵜呑みにしないほうがいい気がしている。彼にそう言われたすぐあとに処刑された部下なんて、星の数ほどいるに決まっているのだから。
 窓の外では、そんな部下たちの成れの果てのような数多の星がきらきら輝いていたが、わたしも彼もそんなものには興味がなかった。

「フリーザさま。不躾かも知れないのですが、ひとつだけ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「なんですか。きょうは気分がいいので、聞いてさしあげましょう」

 緊張して、背筋が自然とスッと伸びた。わたしは、乾いた唇を開く。

「フリーザさまにとって、わたしは……このなまえは、どのような存在なのでしょう」

 この一言を尋ねるのに、いったい何年かかったことだろう。次の瞬間に首が飛んでいても仕方ないくらいの、愚かしい質問だ。
 この人に、『部下の存在の意味』を問うなんて。
 破壊神ビルス、あるいはベジータ王子ならばこう言っただろう。「そんな質問は無意味だ、いや、自殺行為とも言えるな」。

 しかし、いまのうちに問いかけておきたいと思ったのには理由がある。彼が死んだ『あの日』から、わたしは次にまみえることがあるなら、ちゃんとこれを聞いておこうと思っていた。死んだ者と会話をすることは、ふつうはできない。死んだ者が生き返ることも、基本的にはない。彼がわたしの前にいま存在しているのは、有り体に言うならば奇跡だ。

 次にまた別れ別れになることがないともかぎらないのだから……聞きたいことは早いうちに聞いておいたほうがいい。聞いたことによって殺されたとしても、聞かずに殺されるよりは寝覚めがいいというものだ。

 彼は意外な質問に、驚いて数回だけまばたきをしたが、特に間をおくことなく、こう答えた。

「……大切な存在ですよ。なまえさんはとても優秀ですからね」
「ありがとうございます」
「これからもわたしのとなりにいてほしいと思っています。大好きですよ」

 わたしは頭を垂れて、完全にお辞儀したままの状態で彼の言葉を聞いていた。が、大好き、という違和感のある言葉が発された瞬間、反射的に顔を上げていた。

「どうしました? 急に顔を上げたりして」

 彼はわたしのほうへとじわじわと歩み寄ってくる。
 
「もう一度言ってさしあげましょうか。わたしは、なまえさんを個人的にお慕いしています」
「それは、あの……」

 わたしが戸惑っていると、彼はそのままわたしの真ん前に立った。そして、わたしの顔をそっと覗き込んで……そのまま唇を合わせた。
 あまりにも予想外の不意打ちだったので、体がこわばるばかりでなにもできなかった。
 冷えた感触が、わたしの唇のうえをすっと優しくかすめて、消えた。

「これで、わかっていただけたでしょうか。なまえさん?」
「は、はい……」
「わかっていただけて嬉しいです。それでは、これからもよろしく」

 彼は軽く笑い声を立ててから、わたしから離れていった。
 心臓が跳ね上がって、ばくばくとした鼓動がやまない。
 これから先、わたしはこの上司にどう接すればいいのだろう。

 わたしは彼がどういう性格なのか知っている。知り尽くしている。ずっと前から彼のとなりにいて、これからもこの場所にいるつもりだ。
 だからこそ、彼が、すべての部下を消耗品として扱っていることを知っている。どんなに優しい言葉をかけられても、それらはすぐに泡となって消える可能性をはらんでいる。
 恋人ですら、その例外にはなりえないだろうと、感覚で理解している。

 彼はこれからたくさんの愛をわたしに語るかもしれない。冷たいキスを唇へと落としてくれるかもしれない。この場所はわたしにとって、心地よい場所となるかもしれない。でも、それらはなんの未来も確約しない。
 わたしは、そんな気まぐれな彼だからこそ愛している。

 その愛を永遠にしたいと願ってしまう前に、冷静でいられるうちに、こう確認しておかなくてはいけない。
 ただ一度のキスで惑ってはならない。
 この恋に、溺れてはならない。

「おや、なまえさん。キスは初めてですか? またしてさしあげますから、待っていてくださいね」
「光栄でございます、フリーザさま。わたしもお慕い申し上げておりますから」

 彼は窓の外をしばらく眺めていたけれど、そのうちにまたわたしのほうへ向き直って、こう言った。

「そうだ。今回のドラゴンボールは例の目的に使用するつもりですが……もし、次回、またドラゴンボールがそろったら、そのときはあなたに使わせてさしあげても、いいですよ」
「ありがとうございます、いまのうちに、願いごとを考えておこうと思います」

 彼の笑顔はとてもやわらかで、無慈悲な支配者には到底見えない。まるでほんとうの愛みたいだ。
 でも、どんなにたやすく手に入りそうに見える愛情でも、それがわたしのものとなることはたぶんない。
 だって、彼にとって、目の前にある全てのものは……。

例外のひとつもなく道具にすぎない


 わたしは、そんな彼とともにありたいと、彼の道具でありたいと思った。
 だから、この結果にも不満はない。
 窓の外にはやはり星がきらめいていて、その星のなかを、遠慮がちに、消え入りそうに流れてゆく流星が見えた。それを見て、時折ひどく魅惑的に見える、彼のやわらかな笑みを思い返した。

 もし、ドラゴンボールに、この人の愛や心を願ったならば……それは手に入るのだろうか。それとも、到底かなえられない願いだと、一蹴されるだろうか。
 次にドラゴンボールがぜんぶそろったとして。
 そのとき、わたしにそれが託されたとして。
 わたしならば、なにを願うのだろう。
 そして、その願いを聞いて、彼はどんな顔をするだろう。
 いまはただ、それが知りたい。


20190329  
 戻る