まっとうな場所に腰掛けてものを食べることは非常に久しぶりのように思えて、少女は団子を手にして大きく伸びをした。
「そういえば、李さんがなぜ旅をしているのか、詳しく聞いていませんでした。李さんの目的は、人斬りを追うことなのですか?」
「話せば長くなりますが、わたしがこの国へやって来たのは、大いなる災いを防ぐためです。人斬りを追っているのは、そのついで……のようなものでしょうか」
少女の問いに、李はすらすらと答える。いずれ、話さなければならないと思っていたのだろう。
その答えを聞いて、新たな疑問が浮かぶ。団子を食べつつ、彼に問いかけた。
「人斬りを追うことは、李さんにとってはあまり重要な目的ではないのでしょうか」
「いえ、もちろん重要です。しかし、目先のことにとらわれていては、大いなる災いを防ぐことができないやもしれません。わたしは、それが心配なのです……もっとも、人斬りを捕まえることができれば、大いなる災いについても知ることができるような気がするのですが」
つまり、彼の目的は『大いなる災い』を防ぐことだが、『大いなる災い』の詳細はよくわからない。よって、それに関係する人物である可能性のある『人斬り』を追いながら、情報を集めている……そういうことだろう。
「『大いなる災い』とは、いったい、どのようなものなのでしょう……」
「この国、あるいはこの世界すべてを揺るがすような、そういった災いです。わたしにもうまく想像できませんが」
「この世界、すべて」
その災いとやらが起きたなら、師匠を探すどころではなくなる。人斬りにかかずらっている場合でもない。もしも本当にそんなことが起こるのだとすれば、恐ろしいことだ。
少女はしょんぼりとした顔で、彼に問う。
「わたしにできることは、何もないのでしょうか」
彼はすこしのあいだ、考えこむように黙りこんだ。
「……わたしの目的は、災いをなす者を見つけ、正義の力によって退治することです。その戦いにあなたを巻き込みたくはない。しかし、あなたという小さな武人がそばにいることを、心強く思うこともあります」
それに、と彼は付け加える。
「なまえさんのお師匠さまを見つけることも、今ではわたしの旅の理由のひとつなのですよ。もしかすると、その方は『大いなる災い』のことをご存知かもしれません。あるいは、『人斬り』のことかもしれませんが……とにかく、あなたはわたしにお師匠さまのことを教えてくださいました。それだけでも、わたしにとっては有益な情報なのです」
「ありがとうございます。そんなふうにお師匠を探してくださること、とても感謝しています、李さん」
上っ面だけの感謝でなく、本心から出た言葉だった。
本来ならば、彼は『大いなる災い』を為す者に向かって、まっすぐに進んでいかなければならない身だ。
なのに、関係があるかどうかもわからない、少女の師匠を探してくれるという。
少女がいることそのものも嬉しいと、言ってくれる。
彼と出会えてよかった。今、心から少女は思う。
師匠が不在である今、本来ならば自分はとても孤独であるはずだった。他に頼るものなど何もなく、一人で生きていかなければならない。
そういう状況のなかで、この李成龍という善良な青年の存在は、奇跡のようなものだ。
「わたしも、あなたに感謝しています。これまで、この国を一人で旅してきましたが……やはり、仲間というのは心強い。そう思いますよ、なまえ」
彼はそう言ってにっこりと歯を見せて笑う。
大いなる災いがこれからこの場所に押し寄せるとしても、この人となら、きっと大丈夫。
何の根拠もなく、ただの感傷として、少女は思った。
少女の旅の目的は、師匠を探すことだ。そんなことは、いちいち語るまでもない。
しかし、もうひとつ理由があることに、彼女はようやく気づく。
この優しい人とともにありたい。彼のような優しさを、自分も持ちたい。
つまりはこれが、少女にとって二番目に大切な、旅の理由なのだった。
つまりはこれが、
(これこそがわたしにとってたいせつな感情のしるべなのかもしれません)
(これこそがわたしにとってたいせつな感情のしるべなのかもしれません)
20150927