せめて別れは劇的であれ
人間関係とは、騙しあいであり、腹の探りあいであり、イカサマのぶつけあいである。それを教えてくれたのは、親愛なるダニエル・J・ダービーだった。彼はさすらいのギャンブラーだ。負け知らずで、怖いもの知らず。でも、人格的にはちょっと抜けているところがあって、世話焼きな恋人のわたしとしては、目が離せない。
彼がDIOという男の配下として動いているということは、出会ってしばらくしてから教えられた。ちなみに、これは非常に大きな秘密であり、他人に話すと命はないらしい。わたしには、彼の秘密をバラすなんて根性はない。DIOという人に殺されなかったとしても、ダニエルに殺されてしまうかもしれないからだ。彼は、相手が恋人だからといって、必要な殺しをためらう男ではない。
しかし……さすらいのギャンブラーが、他人の下についているというのは、ふしぎである。彼の性質とはまったく合っていないような気がする。その理由を尋ねたとき、彼はこう答えた。
「DIO様の仲間になった理由だと? きみはどう思う?」
「戦って、負けたから……とか?」
「負けたのではない。逆だ」
「……?」
ダニエルの話によれば、彼はDIOという男に出会ったとき、ポーカーをすることになったのだという。
負けた相手の魂を奪う能力の使用はせず、あくまでもなにも賭けない、お遊びのポーカーだ。余興といってもいい。
しかし、そのときに異変は起きた。
「あのとき、わたしの手札はほぼブタに近い状態だった。今にして思えば、あのブタの手札すら、あの方が操作していたのかもしれない。このままでは勝てない。用意しておいたイカサマを使おうと思った。そのとき……」
「なにが起きたんですか?」
「わたしの手札が『変わった』んだ。そのとき、わたしの手札にいつのまにか据えられていたのは、ロイヤル・ストレート・フラッシュ……まちがいなく最高の手札さ。しかし、手札はそんなありがたいものではなかったはずなのだ。入れかわる手札を、視認できなかった。なにをされたのか、わからなかったよ……」
皮肉にも、DIOという男に勝利したことにより、ダニエルはDIOに心底恐怖した。
本来、勝ち取り得なかったはずの幻の勝利。自分は勝ったのではない、勝ちを与えられたのだ、と彼は思った。
そして、知らぬ間に手札をすりかえる能力は、知らぬ間に命を奪うこともできる。そんな非情な能力だと、彼はすぐに気づく。
「彼のイカサマの才能に感嘆し、恐怖した結果、わたしはDIO様の配下となったわけだ。まあ、わたしのスタンドは特殊だから、こうして外をぶらぶらしているわけなんだがね」
「へえ。ダニエルさんがイカサマで負けるなんて、想像できませんね」
いや、負けたのではなく勝ったのか。
予想外の屈辱的な勝利は、普段から勝負事にこだわる彼には、よほど苦痛だったのだろう。
「しかし、DIO様は、決してわたしの自由を奪ったわけではない。むしろ、戦いがいのある敵と出会える、格好の狩場を用意してくれた。その点は感謝しているのだ。空条承太郎、ジョセフ・ジョースター……彼らとまみえる瞬間を思うと、武者震いがする」
ギャンブルに関しては、彼は戦闘狂に近い。わたしは彼に与している身であるが、平和主義者であるので、彼の気持ちはよくわからない。ただ、そんなふうに自らを高ぶらせ、戦いに突っ込んでいく彼だからこそ、恋人として誇らしいと思える。
暇つぶしなのだろうか、卓上でトランプを繰る作業を無限につづけている彼に、わたしはこう問いかけた。
「でも……空条承太郎御一行様でしたっけ。彼らに、ほんとうに勝てるんですか? あなたが正面からぼこぼこに殴られたりとかしたら、わたし、泣いちゃうかもしれませんよ?」
「大丈夫だ。まずは人質をとらせてもらおうと思っている。やつらは自分の仲間に対して異様に甘いらしいからね」
「わあ、卑怯者ですね。でも、それでこそダニエルさんです」
「褒めているのかね、それは?」
一応、褒めているつもりだ。バレないイカサマこそ、勝利に必要なピースである。そんな彼の美学に惚れ込んだからこそ、こうしてそばにいる。イカサマをするのは卑怯だ、そして卑怯であることはいけないことだ、と思っている人間とは次元が違う。ルールをどれだけ逸脱しようとも、ルールの管理者さえ見ていなければ、何の問題もない――ギャンブルに限らず、世界の仕組みとはそういうものではないだろうか?
ふと魔が差して、わたしは卓上のトランプを一枚取り上げ、彼にその絵札を見せた。そのカードはジョーカーだった。
「でも――仲間に対して異様に甘いのは、あなたも同じですよね」
と言って、ジョーカーをひらひらさせてみた。
トランプを一枚取り上げられた彼は、意外そうに眉をひそめる。
「なに?」
「わたし、このあいだ、聞いてしまったんです。弟さんの話」
「テレンスのことかね?」
「ダニエルさんは、弟さんとは決して賭けをしないそうですね。どうしてです?」
彼は目を見開き、返答に詰まった。どうやら、話したくないことらしい。
そんな彼に向かい、卓の上に手を載せたままで語りかける。
「弟さんもまた、ゲームで魂を奪う能力を持っているのですよね。つまり、彼と真剣勝負をするということは、片方の死を意味しませんか? 生粋のバクチ打ちならば、一度は挑んでみたい『ギリギリの賭け』かもしれません。魅力的な勝負ではありませんか。でも、あなたは彼には挑まない。どうしてです?」
誇らしげに胸をはって、彼を問い詰めてみた。いつも彼のほうが上手だから、たまにはこういう趣向もいいだろう。
普段はギャンブルを行う卓のうえを、せかすようにトントンと指で叩く。
彼は根負けしたように、ため息をついた。
「……好きに想像してくれたまえ。わたしからは、その理由は言わないよ。あえてね」
「では、あえてロマンティックな想像をしてみようと思います。弟さんに死んでほしくないからだ、と」
「なまえがそう言うのならば、そういうことにしておいてもいい」
「やけに投げやりですね」
「きみが、やけに一生懸命だからな。投げやりにもなるというものだ」
そんな彼が愛おしくて、声を立てて笑ってしまった。
ダニエルは非情な男ではあるが、惚れた女には優しいらしい。そういうところもまた、わたしの心をくすぐるのである。
彼は弟と賭けをすることがない。それはきっと、弟を家族として愛しているからだ、とわたしは勝手に推理する。弟に勝つ自信がないからとか、弟の能力が怖いからとか、そんな理由ではないと思う。彼は、そんな臆病な男ではない。
そして、そんな彼は、わたしとも賭けをしたことはない。出会って以来、一度もだ。
ほんとうに愛した仲間であるならば、魂を賭けて戦う必要などない。魂を賭けない遊びの勝負だったとしても、やはりする必要はない。賭けをするということは、騙しあいをするということだ。心から騙したくない相手であるならば、賭けを降りたほうがずっといい。彼はそのことを最初からわかっているのかもしれない。
「ダニエルさん。ひとつ、お願いがあります」
「なにかね? きみの願いならば、多少は聞いてやるが」
「もしも、ですよ。もしもわたしのことを嫌いになったら、そのときは、互いの魂を賭けて、ポーカーをしてほしいんです。最初で最後の真剣勝負をしましょう?」
提案を聞いた彼は、不敵に微笑んだ。恋人ではなく、ギャンブラーの表情だ。
わたしが、一番好きな彼の顔だった。
この笑みを見るために、彼と一緒にいる。そう言い換えてもかまわないくらいだ。
「恋人をやめる儀式かね。グッド。そのときは、手加減なしでやらせてもらう」
「そのときのために、ポーカーの勉強でもしておきましょうかね」
「一応、確認しておくが……もちろん、きみがわたしを好きでなくなったときも、同じことをするんだろうね?」
「その点については、心配いりません。あなたを嫌いになることなんて、ありえませんから」
面食らったように黙った彼の頬が、ほんの少しだけ赤に染まるのを見て、わたしはロイヤル・ストレート・フラッシュでもそろえたみたいに笑った。
空条承太郎一行とダニエル・J・ダービーが出会う、一週間ほど前の出来事だった。
20170302
リクエストボックスより、「keigoさんの書くジョジョの話が読みたいです。何部でもいいので(出来れば三部お願いします)」というリクにお答えして、三部のダービーさんを。キャラの指定がなかったので、三部で一番目か二番目に好きな彼にしました。すこしでも楽しんでいただければ幸いです。
三部を読んで以来、DIOとダービーの出逢いについてずっと考えていまして、「たぶん、こんな感じだったのかな……」と想像したものを書いてみました。ザ・ワールドで手札をチマチマ入れかえているDIO様を思い浮かべるとほほえましい気持ちになります。
すてきなリク、ありがとうございました!