詐欺師の恋
どんな彼も魅力的だが、猫を抱いているときの彼を見ると、すこしだけ嫉妬しそうになる。猫があまりに幸せそうだからだ。わたしは彼にそんなふうに無邪気に抱かれたことはない。猫というのは、雑念を持っていないのだろうか。
きょうも、彼は猫の背を悠々となでながらくつろいでいる。猫は気持ちよさそうにあくびをしていて、わたしに餌をもらうときとはぜんぜん違う態度である。彼はそんな猫を満足気に見つめている。
そんな彼に対し、こう問いかけてみた。
「ねえ、ダニー。どうして、わたしを選んだの?」
「……理由なんてない。たまたまきみだっただけだ」
「トランプを山札の上から無作為にめくったみたいに?」
わたしの問いを聞き、彼は含み笑いをした。
「そのとおり」
「でも、それならなおさら理由が聞きたいかも。だって、あなたが山札の上から正体のわからないカードなんてめくるはずがないでしょう」
「……それも、そのとおりだな。そういうきみだから選んだのだよ」
猫の背を、彼の骨ばった手がそっとなでる。ニャァというやわらかな鳴き声が聞こえた。
「恋に理由は不要だが、策略には理由が必要だ。なまえはそういう真実をわかっている。きみは、甘やかな恋に安易に溺れたりしない『天性の詐欺師』だ。……だからこそ、わたしのとなりに置きたくなったのだよ」
彼はそこで、眠たそうにあくびをした。この話はここで終わり、という合図だろう。わたしもそろそろ眠たくなってきたなと思いつつ、訊いた。
「あなたの策略は、これからどういうふうに進展していくの?」
「……きょうのところは、きみにキスでもしてみるかね」
彼は抱いていた猫をそっと優しく床におろしてから、それとまったく同じ手つきでわたしの腰を抱き寄せた。猫を愛するように人を愛でる。彼のそういうところが好きだった。
彼の優しさは、詐欺師のまやかしだ。彼は他人なんて愛していない。
でも……だからこそ心地よい。わたしも、人間関係なんて、嘘のぶつけあいみたいなものだと思っている。彼はわたしのそういう気持ちをわかったうえで、恋に見せかけた騙しあいをしようと提案してくれた。
「愛してるよ、なまえ」
「ええ、わたしもあなたを愛してる」
キスもセックスも、愛の言葉も、すべてはその場限りのデタラメだ。一夜明けたら消えてしまうまぼろしで、本心なんてどこにもない。きょうの会話だって例外ではない。
しかし、わたしとダニーは嘘とスリルに溢れた夢幻を愛している。
わたしたちのあいだにはなにもない。でも、わたしはそんな『なにもない』関係を大切にして生きている。
きょうも彼はわたしを騙し、わたしは彼を騙す。
わたしたちの関係は、そんなふうにつづいていく、終わらないギャンブルなのだった。
20170605