Scene-04
しかし、杜王町がただ平和であったことなんて、一度たりともない。
たいていの場合、なんらかのどんでん返しがついてくるものだ。
山岸由花子が意外とプッツンだったり、
岸辺露伴が意外とプッツンだったり……
みんな、裏の顔を隠し持っているものだ。
カセットテープを裏返したらぜんぜん違う曲が流れ出すみたいに。
その日、東方仗助はやけに暗い顔をして、億泰にこう言った。
「おめーのガールフレンドの名前、どっかで聞いたことあると思ってたんだよ」
「え、彼女と知り合いなのかよ。仗助」
その問いには答えず、仗助は語りだす。
彼は億泰と目を合わせてくれなかった。
「ちょっと前に、承太郎さんに、あるリストを見せてもらったことがあるんだ……」
「リストぉ?」
「杜王町における『行方不明者』と『変死者』、そして『矢に射られた可能性のある人物』のリスト……当然、今現在杜王町にいるスタンド使いのなかの何人かの名前も一緒に書いてあったぜ」
億泰は空条承太郎の顔を思い浮かべてみる。頼りがいのある先輩スタンド使い。
あの彼の提供する情報ならば、おそらく間違いはないだろう。この先、仗助がなにを言うのかを考えると、聞く前に叫び出したくなってきた。
――そんなわけないだろ。
――彼女だけは、違うだろ。
「そこには、音石明や支倉未起隆の名前と一緒に、女性の名前が書いてあった」
――どうか、彼女だけは。
――スタンドとか、弓と矢とか……そんなものとは無関係であってほしい。
「みょうじなまえ――"死亡" ってな」
それは、いちばん聞きたくない言葉だった。
せめて、弓と矢のせいで生まれたスタンド使いだと言われたならば、向き合うことはできる。
でも。
でも、弓と矢のせいで死んだ人間だなんて、そんなのは残酷すぎる。
「ちょっと待て仗助、じゃあ、じゃあ……」
「億泰。こういうことは言いたくねえが、おめーのガールフレンドは、スタンド攻撃か幽霊の類だろうな。しかも、時期から考えて、彼女を殺した犯人は、おそらく……」
「やめろ」
思わず、仗助の言葉を遮ってしまった。
あまりに予想外な事実の連続すぎて、思考が焼ききれそうだ。
「もう、わかった。それ以上は言うな、仗助」
絞り出すように言った億泰を見やり、仗助は申し訳なさそうな顔になる。
「わりいな、億泰。残酷だとは思ったが、伝えずにはいられなかった」
仗助は優しくて強い。億泰はその強さにずっと憧れていたと思う。
でも、自分はそんなふうに強くなれるだろうか。
虹村形兆、そしてみょうじなまえ……スタンド使い。弓と矢。
それらの運命を、ちゃんと受け止めきれるだろうか。
+++
億泰は、歯を食いしばりながら駆けた。
仗助に背を向け、例の畑に向かって全速力で疾走する。
「人は成長してこそ生きる価値がある」と虹村形兆は何度も言っていた。
その兄の言葉が正しいとするならば、幽霊である彼女にはここにいる価値がないのだろうか?
「おれは、どんな顔で会えばいいんだよ」
自分を叱咤するように、叫んでみる。
「虹村形兆が殺した女の子に……どんな言葉を言えばいいんだよォ……」
よくよく考えてみれば、いつも畑に立っている女の子なんて、おかしい。
同い年くらいなのに、どこの高校に通っているか教えてくれないのも変だ。
でも、そんな変な部分なんてどうでもよくなるくらい、彼女と話すのは楽しかった。
ほんとうに、ただただ、楽しかったのだ。
「億泰くん、きょうも会えてうれしいです」
「億泰くんと話せるだけで、わたしは幸せなのかもしれません」
彼女の言葉のひとつひとつを聞いているだけで、億泰も幸せだった。
それは恋だと、いまさらわかった。
残酷な物語を聞いてしまったあとなのに、彼女が好きだという気持ちだけはおさまらなかった。
20170617