ガシャーン、という大きな破壊音が廃墟のなかに響いたのは、わたしが幽霊になってから何年も経過したある日のことだ。この頃、すでにわたしは年を数えるのをやめていた。
わたしとともに暮らしているポケモンたちは、他愛ない遊びを繰り返すことはあっても、バトルに興じることはなかった。基本的におとなしいのだ。
つまり大きな音を立てるのはポケモンたちではない。
侵入者である。十中八九、廃墟荒らしの不良だろう。
「……ったく。こんなボロボロの廃墟、再利用できるわけないだろうが」
独り言とともに、だれかがこちらへと近づいてくる。男の声だ。
思わず物陰に隠れたが、男はこの建物を隅々まで見ていくつもりらしい。死角を逃げ回っているうちに、建物の奥に追い詰められてしまった。
「……ッ! だれだ!」
「ひっ!」
こちらに気づいた男と目が合う。尖った目をして、だぶだぶのズボンを履いている。首には大きなドクロのネックレスをしていて、おそらくチンピラのたぐいだろうと推測できた。
「ご、ごめんなさいっ! わたし、ここに住んでいるんです! なにもしませんから、許して!」
とりあえず勢いで平謝りしてみた。
「住んでるだと……? こんな場所に住めるわけねえだろうが。ここらじゃ見ない顔だが……このグズマさまに嘘なんかついてんじゃねえぞ」
「嘘じゃない!」
「もう一度言うが、このスカル団ボス、グズマに楯突くやつがどうなるか、知らないわけでもねえだろ。正直に、どうしてこんなところでおれさまを待ち伏せしてたか言え!」
どうやら、かなりイヤな方向に誤解されているようだ。
そりゃ、こんな廃墟に人が潜んでいたら、疑われるのは当然だが……。
「ま、待ち伏せなんかしてない! スカル団というのも、知りませんし!」
「ウラウラに住んでるのに、スカル団を知らない……?」
わたしの言葉を聞いて、彼の顔色が変わった。
「おい、ほんとうに知らないのか。スカル団を」
「知りませんよ。暴走族かなにかですか?」
「……おまえ、いまのしまキングがだれなのか知ってるか」
「……?」
わたしは首を傾げながら、自分の生きていたころのウラウラ島のしまキングの名を挙げた。
その答えで、彼はなにかを確信したらしい。
「おまえ……何者だ?」
ぎろりと、彼がこちらの顔をのぞきこんできた。
その目の中にあったのは、先ほどまでの敵対心ではなかった。
戸惑いと、恐怖だ。
得体のしれない怪物を見るように、彼がわたしの目の中をのぞきこんでいた。
+++
彼は改めて自己紹介をした。
破壊の帝王、スカル団ボスのグズマ。
なんじゃそりゃである。
嘘みたいな肩書だが、どうやらほんとうらしい。
「スカル団を知らないなんてのは、すくなくとも、今のウラウラじゃありえねえ話だ。そのうえ、しまキングが死んだことも知らないなんて、絶対に普通じゃねえ」
とグズマは言う。
しまキングが死んだなんて、そんなのは初耳だ。なぜ死んだのか、いつ死んだのか、いまのしまキングはどんな人物なのか。
いろいろ気になって仕方なかったが、それ以上は説明してもらえなかった。
「なまえ、だったか。てめえは自分が『幽霊』だと主張するわけか。しかも単なる幽霊じゃねえ。村を襲ったバケモンに殺されただと?」
「そうです」
「ありえねえな。たしかに、ここが廃墟になったタイミングと、てめえが殺されたと主張するタイミングはぴったり合う。だがな、ここを滅ぼしたのはバケモンじゃねえ。カプだよ」
「カプ・ブルルが? ありえない」
村を守るはずのブルルが村を襲って潰すだなんて、わたしには想像もつかなかった。反射的に否定してしまったが、
「おめでてえな。カプってのはそういうもんだろうが」
と逆に凄まれてしまった。目つきが悪すぎて、すごく怖い。
「だが、てめえを信用するにはまだ情報が足りねえ。記憶がないと主張しているだけの嘘つきかもしれねえからな」
「そんな嘘ついて何になるって言うんです!? あなたみたいな怖そうな人に、わざわざ嘘ついたりしませんよ!」
それを聞いたグズマは手を顎に当て、なにか思案しているようだった。
廃墟の床を、冷たい空気がゆっくりと通り抜けていく。
「なぁ。だれか、名前を知っているやつはいないのか? ウラウラに」
ここの冷たい空気が、彼を避けて通った気がする。
彼の声には明らかに熱意があった。
好奇心にとり憑かれたのかもしれない。
目の前に怪奇現象があることに耐えられないかのように、彼は言葉を継いでいく。
「まだ、この島にもてめえを知ってるやつがいるかも知れないだろう」
「ああ、そうか。その人たちに直接わたしのことを聞いてもらえば、嘘じゃないって証明できますね」
同時に、わたしが『死んだ』という現実を直視しなければいけなくなるが……仕方あるまい。いずれは知らなければならないことだ。
わたしは家族の名前と住所を言ったが、グズマの表情は晴れない。
「その住所だが……今、そこにはなにもない」
「!」
「おそらく、カプの怒りの影響で他の島に移ったんだろうな。他に知り合いはいないか?」
友人、知人、隣人の名を出してみたが、グズマの表情は曇るばかりだ。
もう十年近くも前になるし、みんな、カプの怒りを買った土地に住みたくはないのだろう。
とっくに移住してしまっている。移住先はわからない。
もともとここらあたりに住んでいた人は、もうだれも残っていないのかもしれない。
他に、知り合いと言えば……。
と。
ふと、思考のなかにひとり、『ここらあたりに住んでいた』以外の知り合いの姿が浮かんだ。
「おそらく、グズマさんはまったく知らない人だと思うんですが……あとひとりだけ、知っている人がいます」
「そいつの名は?」
「クチナシさん、という方ですけど……知らないですよね。たぶん、アローラの人でもない気がしますし……今はどうしているやら」
と言い終わってから、わたしは飛び跳ねそうなくらいにびっくりした。
グズマが、あんぐりと口を開けて驚いていたからだ。
あきれてものも言えない、というような表情。
そんな顔もするのか。
「え。クチナシさんをご存知なんですか、グズマさん」
「ご存知もなにも……」
となにか言い出しかけた彼は、はっとしたように黙ってから、わたしの右手をとった。
「いや、今はいい。とりあえず、クチナシのおっさんならすぐにでも会える」
「ほんとうですか!?」
「気乗りはしないがな……とりあえず行くぞ、なまえ」
その後、グズマに手を引かれ、初めてスーパー・メガやすの外へと出ることになった。
もしかすると、自分はこの場所に縛られていて、出られないのでは……などという予想もしていたけれど、実際は、簡単に外に出られた。地縛霊ではなかったようだ。
外はもう夜で、明かりはなにもない。かつては村の明かりがあったはずなのに。
グズマが言っていた、『カプの怒りを買って滅ぼされた』という言葉はどうやらほんとうのようだと、漆黒の闇を見ながらぼんやりと考えていた。
邂逅
20200307