グズマに強引に腕をひっぱられながらウラウラ島の交番へ行くと、たくさんのニャースがくつろいでいる。
こんなところに、クチナシがいる……?
同じ名前の別人ではないだろうか、と不安になった瞬間、奥に、見知った顔が見えた。
真っ赤な瞳。どこか世の中を諦めたような顔。
服だけはあのときと違うけれど……すごく懐かしい。
それはたしかに、クチナシだった。
わたしが、最期に会った人。

「嘘だろ……」

彼はわたしの顔を見て、真っ青になり、右手に持っていたねこじゃらしを落としてしまった。
そして、となりにいるグズマをにらみつける。

「あんちゃん。さすがに悪趣味すぎだ。どこから情報を得たのか知らないが、おじさんをからかうにも限度ってもんがあるぞ」

……どうやら、グズマはあまり信用されていないようだ。

クチナシは、わたしをかつての事件で死んだ被害者の『そっくりさん』だと思ったらしい。グズマがクチナシへの嫌がらせのために、かつての自身の不祥事を蒸し返している、とでも言いたいのだろう。まあ、それが普通の発想だろうか。
グズマはそんな刺々しい対応には慣れているらしく、肩をすくめるだけだ。

「ったく。おれさまが好意で連れてきてやったってのに、ずいぶんな言われようだな」
「反省する気はなし、か。めんどくせえが、ふたりとも仕置が必要だな。えーっと、手帳どこ置いたっけな。おい、ねえちゃん、名前は? メタモンじゃねえだろうな?」

完全にイライラしきった口調でそう問われて、身がすくみそうになる。
でも、ここで折れてはだめだ。
彼は……あの日、わたしを助けようとしてくれたのだから。

「わたしの名前は、なまえです」
「……あのなぁ、おじさん、こんなんでも一応警察よ? 死者を冒涜するような真似は看過できねえなぁ」

このままだと、信用してもらえない。
せっかく再会したのに、犯罪者扱いだなんて。

「あ、あの。わたし、ほんとうになまえなんです。クチナシさんに一言、お礼が言いたくて……」
「だから、冗談はやめ……」

大声で叫びかけて、彼は急に黙った。
そしてこう問い返す。

「礼だって?」

あの日のことについて、ここに来る前に、グズマに一通りの話は聞いた。
十年前、ウルトラビーストに村が襲撃された事件は、世間ではカプの怒りとして処理された。わたしがウルトラビーストに殺されたことも、『愚かな人間がカプの怒りを受けた』と解釈されているらしい。実際に現場で守り神が目撃されていたことから、その噂は年々、強固な現実に変わっていった。
ウルトラビーストを迎撃するために放ったカプ・ブルルの一撃が、村に直撃したのかもしれない……などという突飛な想像は、むろんウラウラの人々にはできないだろう。

一方、事件と国際警察との関連性は秘匿されているようだ。すくなくとも、グズマは聞いたことがないという。つまり……カプの怒りを受けた被害者が、警官であるクチナシへあらぬ恨み節を言うことは想像できても、『礼を言いたがっている』などと考える人間はいないのだ。
わたしがクチナシに感謝していることを知っているのは、当時の国際警察と、クチナシ本人と、わたしだけ。

「ねえちゃん……まさかほんとうに、あのときの?」
「信じてくれますか?」

クチナシは考え込むように黙って、ニャースたちを見回す。
ニャースたちは彼にすごくなついているようで、視線を合わせられると、にゃ~にゃ~と親しげに鳴く。

「……夢はなんだ?」
「夢?」
「ああ。大事にしていた夢があっただろう?」

ほほえみつつ、こう答えた。

「わたし、世界中を旅するのが夢だったんです。たぶん、もう叶わない夢なんですけど」

クチナシの真紅の瞳から、涙が一筋だけこぼれていくのを、わたしとグズマは無言で眺めていた。
彼はやっぱり、わたしが思っていた通りの警官だった。

++++

「あらためて自己紹介しようか。おじさんはクチナシ。今はウラウラで警官やってる。つまんねえ男だが、まあよろしくな。ねえちゃん」
「おいおっさん。大事な肩書を忘れてるだろ。こいつはなにも知らねえんだぜ」

横からグズマがつまらなそうに言った。
クチナシは意地悪く笑うだけで答えない。

「ったく。おれさまが教える義理もないが、一応言っておいてやる。この胡散臭いおっさんはウラウラ島のしまキングだ」
「え……?」

それは、あまりに意外な情報だった。
あの日、わたしが死んでから、いったいなにがあった?
前任のしまキングは死んだ……とグズマは言っていたが。
それは……ウルトラビースト、あるいはカプに殺されたということか?

「……カプに頼まれた役割だ。胡散臭いおじさんでもやらないわけにはいかなくてな」

あまり積極的にしまキングをやっているわけではなさそうだ。以前のしまキングとはえらい違いである。

「グズマ。ねえちゃんをこれからどうする気だ?」
「どうするって? どういう意味だ?」
「この子の家は、もうない。家族もいない。メガやすに帰すのか?」
「…………」
「おじさんはおすすめしないね。最近のメガやすにはぬし級に危険なゴーストポケモンがいるって噂だし、この島には危険な不良もうろついてる。あ、不良の親玉はあんちゃんだっけか?」

クチナシは意地悪そうに笑って、見るからにイライラしているグズマの耳元でなにか囁いた。内容は聞こえない。
そのときわたしは、グズマの耳がかーっと赤くなるのを見た。
いったいなにを言ったのだか見当もつかないが、グズマは渋々頷いた。

「わかったよ。やってやる」
「頼んだぜ、あんちゃん。幽霊の身元引受ってやつをな」

どうやら、グズマに同行すればいいということで話がまとまったようだ。
グズマは、案外面倒見がいいのだろうか? そうかもしれない。
彼はわたしをここまで連れてきてくれたし、クチナシに引き合わせてもくれた。メガやすに放置することもできたのに。
呆然としているわたしを置いて、ふたりの会話は進行していく。

「あんちゃんに任せるのはいいが、スカル団には向かないだろうな、この子は」
「はっ……たしかにな。スカル団ってツラじゃねえや」

でも、まあ。
とグズマはサングラスの位置を直しつつ、言った。

「幽霊をぶっ壊すってのも、新境地でいいかもしれねえな」
「ぶっ壊す?」

不安になって問い返したけれど、無視された。

「よし、決めた。おれさまが引き取る」

機嫌よく引き受けたグズマを見やり、クチナシはわたしに耳打ちした。
一瞬、ふわりとタバコのような匂いがした。嫌な感じはしない。どこか懐かしいような気がしたのは、あの日にもかいだ匂いだからだろうか。

「一応言っておくが、いかがわしいことされたらすぐに交番に来いよ。とっちめてやるから」

どうやらしっかり聞こえていたようで、グズマは、あわてた調子でクチナシに向き直った。

「おれさまがそんなことするかよ! ぶっ壊すことにしか興味ねえよ」
「そのぶっ壊すってのはおれにはいかがわしく聞こえるねえ」
「言ってろ」

このふたり、意外と仲がいいのかもしれない。
ほほえましく眺めていると、グズマはわたしにこう促してきた。

「ほら、行くぞ。ちゃんとついてこい。なまえ
「は、はい!」

ということで、わたしは彼の家に住むことになってしまったのだ。
破壊の帝王、スカル団のボス……そう呼ばれる男の家に。


ひかり

20201202