光でしかない金色の
光り輝くような彼女と、闇に生きるわたしは、あまりにも対照的だった。いつだってにこにこと笑いながら、彼女はそこらじゅうを元気に駆けまわっている。その元気であっけらかんとした様子は、まるで金田一一を見ているようで……ちょっとだけ、複雑な気持ちになったりする。
きょうは、彼女のいる市場へとやってきた。一見すると、どこにでもあるふつうの市場。だが、彼女のいる一角は、裏の世界の入り口だ。
音もなく歩み寄るわたしに気づいて、彼女はぱっと花が咲いたように笑顔になった。ふつうの人間ならば、わたしが歩み寄っても気づかないだろう。彼女は、ふつうではない世界の住人なのだ……そう、あらためて気付かされる。
「あ、遙一さん。きょうも、お買いものですか?」
「……ええ。ちょっと教えてほしいことがあるんです」
「遙一さんが相手ですからね、おまけしておきますよ?」
彼女は、情報屋をやっている。この現代日本で『情報屋』だなんて、非現実的な話ではあるが……そもそも『犯罪コーディネーター』も現実的とは言えない職業なので、まあ、よしとしよう。いち『犯罪コーディネーター』としては、『情報屋』というのは非常に有益なビジネス・パートナーだ。彼女としても、『犯罪コーディネーター』の羽振りのいい金払いは有益らしい。ウィン・ウィンの関係といえるだろう。
「で、なにが知りたいんですか?」
「『黄金島』と呼ばれる島について」
「ああ、『伊豆の軍艦島』でしたっけ。もしかして、殺人ツアー的なものを計画していらっしゃるんですか?」
「いけませんか? みょうじさん」
「いえいえ、わたしは違法な行為には寛容ですから。今回も楽しみにしていますよ? 遙一さんのショー!」
と彼女はへらへら笑った。いやはや、愛想はいいが、食えない女性である。そりゃあ、情報屋が合法的な職業だとは思わない。そこまで、世間を知らない男ではないつもりだ。しかし普段のきらきら光るような笑顔と、ちらりと見せる残酷な部分のギャップには、このわたしも驚くことが多い。ぱっと見は金田一一や七瀬美雪のような、明るい笑顔をしているというのに――この女性は、どうやら地獄の傀儡師と同じフィールドに立っているらしい。精神的にも、立場的にも。そういう妙な落差にすこし惹かれる。恋愛とはまた違う感情かも知れないが……興味を持ってしまうのである。このわたしが、他人に対して興味を持つというのはめずらしいと思う。
「みょうじさんは、どうして、情報屋になんてなったんです?」
と問いかけると、彼女は涼やかに答える。
「わたし自身の情報は、高いですよ。それなりの対価をお支払いただくことになりますけれど……」
「ちなみに、いくらくらいです?」
彼女はさらりと答える。
「『黄金島』に行かれるんですよね? その島で見つけた財宝の七割をわたしにください」
「……それはまた、法外な額だ」
黄金島には200kgの金塊があるという噂だ。そのなかの七割となると、いったいいくらになるのか……見当もつかない。そもそも見つけられるともかぎらないのだし、まったくもって斬新な要求だった。ほぼ不可能ではないか。
「あなたの個人情報には、そんなにも価値があるというのですか?」
「いいえ。単に、ミステリーを残しておきたいだけです。謎があると、解き明かしたくなるでしょう?」
「さあ、どうでしょうね」
わたしが謎を解こうとしたことが、いままでに何回あっただろう。
死神マジシャンのときと、露西亜館のときと……と思いを巡らせつつ、彼女に尋ねた。
「あなたも、謎があると解き明かしたくなるんですか?」
彼女は艶やかに笑んで、わたしをじっと見つめた。
「ふふ。むかしはそうだったかもしれませんね。いまでは、観客席に落ち着いてしまったんですけど」
「わたしのマジックショーの観客……ですか」
「そのとおりですよ、遙一さん。あなたのショーって、すごーくすてきですから。いまどき、刺激的なショーってなかなかないんですよね。せっかくこういう仕事をしているっていうのに、裏社会のいざこざって意外となくって。退屈で退屈でしょうがないんですよ。最近は、迷い猫や迷い犬の『情報』を求める人ばっかりで、いやになっちゃう」
彼女は急に饒舌になる。
まるで、わたしが犯罪芸術について語るときみたいに。あるいは、金田一一が正義の使命を語るときみたいに……。
彼女は、なぜこんな仕事をしているのか。彼女は何者なのか。それは不明である。
しかし、彼女はなにを求めて情報屋になったのか?――その理由はわかるような気がした。
彼女は『地獄』を求めている。とびきりうつくしい真っ赤な薔薇と血にまみれたショーを、欲している。そんな気がした。
「だから、今回も期待していますよ? 刺激いっぱいのマジックショー」
わたしは彼女にかしずくようにして、不敵に笑う。地獄の傀儡師にふさわしい表情で。
「ふふ。おまかせください。べつにあなたのために演るわけではないが……あなたを満足させることもまた、地獄の傀儡師の仕事のようだ」
「そうです。ですから、この場ではお代はいただきませんよ。『黄金島』について、ありったけの情報をお教えしますが……ギャラは、ショーそのものでお支払いいただきたい」
「了解いたしました。あなたにこの恩を返すための、とっておきのマジックをご覧あれ」
こうして、今回も地獄の傀儡師主催のマジックショーの幕が開く。
観客は、金田一一。七瀬美雪。そして、親愛なるみょうじなまえ。
血まみれの薔薇を、それを期待しているたったひとりのあなたのために咲かせてみせましょう。
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黄金島での事件については語る必要を感じないので、省略するとして。
無事に金塊を手に入れることができたわたしは、それを彼女に渡すかどうか悩みつつ、また彼女のもとへと向かった。
「わ、遙一さん! 今回も惜しかったですね。でも、とってもドキドキしました。よかったです」
彼女はいつだってこんなふうに褒めるのだが、完全犯罪とならなかった事件について、こういう褒め方をされても、あまりうれしくはない。特に、事件の直後となると余計にだ。しかし、今回は完全敗北というわけではない。金塊を手に入れるという目的は達することができたのだから。あとは次なるパズルのピースを求め、新たな計画を練るだけだ。
「金塊、手に入れたんですよね」
「ええ」
彼女はビジネスマンの表情で、こう問う。
「どうしますか? わたしの情報が入り用ならば、金塊の七割でお話しますよ。もちろん、情報を買わないという選択もありです。お金は大事ですからね」
さて、どうしようか。常日頃から迅速な決断を心がけているわたしにしてはめずらしく、かなり迷ってしまった。といっても、一分にも満たないあいだではあったが。結局、こう答えた。
「やっぱり、やめておきますよ。金で女性の情報を買うなんて、スマートじゃありませんからね」
「それは、お金以外の手段で手に入れてくださる予定があるということですか?」
彼女はいたずらっぽく笑う。わたしはといえば、そんな彼女から目を離せなかった。さきほどの迷いといい、どうやら、自分でも気づかないうちにハマってしまっていたようだ。彼女という罠に。
「遙一さんなら、考えてもいいですよ。わたしのもっとも信頼するマジシャンであるところのあなたなら」
「なんだか、あまり色恋の雰囲気ではないですね」
それでこそ、この彼女なのだが。決して色恋に溺れないからこそ、したたかな情報屋として、わたしの心を奪ったのだ。安易に他人に恋をするような女性であったならば、そもそも眼中になかったはずだ。
彼女はやっぱり涼しい顔だ。
「色恋の雰囲気なんてものは、情報屋になる前に置いてきましたから」
「しかし、そんなあなただからこそ、知ってみたいのです――」
自分らしからぬことを言っているとわかっていた。こんなことを口にするべきではない、今後の仕事に差し障るかもしれない、と強く思う。犯罪芸術家としてのわたしは、そんなことはやめろと叫んでいた。しかし、ほんもののわたしは言葉を継ぐ。
「あなたのことが知りたい。これは、恋でしょうか?」
「相手の情報がほしいというだけでは、恋とはいえません」
「では、恋とはなんでしょうか?」
まるで少年のように、そう問いかけてしまった。どうかしている。高校生でもあるまいし。
「恋とは、相手の情報だけではなく、相手そのものがほしいと思うことですよ」
彼女はそう言って、にっこり笑った。その金色の笑顔は、金塊よりもむずかしい色をしていた。
彼女はわたしそのものを欲しているだろうか?……その色からは読み取れない。
しかし、次に彼女が口にした言葉は、おそらく恋の肯定だった。そんな気がする。
「遙一さん、意外とうぶなところがありますよね。わたしそのものがほしいのであれば……そうだ。やっぱりショーが見たいですね。今度は金田一一なんて呼ばないで、わたしだけのためにショーをやってくれませんか?」
彼女の申し出は、つまるところ、われわれは『犯罪』と『情報』の等価交換でしか動けない人間なのだということを示していた。われわれの恋の証は、キスでもセックスでもない。おそらく、わたしにとっては、彼女に血の生贄を献上することが至上の恋の形であり、彼女にとっては、血みどろの裏社会の情報を集め、相手に渡すことこそが恋の一端であったという――つまらないワーカホリックの末路なのだった。キスによる唾液の交換ではなく、血の交換をもって、恋とする。『地獄』には、このほうがふさわしいかもしれない。
「次は……軍の収容施設を舞台にしたショーなんて、いいかもしれませんね……」
ぶつぶつとアイデアをつぶやきつつ、彼女のほうを見た。きらきらとした目で、少女のようにわたしを見つめて、彼女は言う。
「わたしたち、いいパートナーになれそうですね。そうは思いませんか?」
「さあ、どうでしょうか。それは、あなた次第ですよ」
などと強がりながら、彼女を楽しませるためのショーにはなにが必要かを考えていた。ふたりとも、まるで子どものようなはしゃぎぶりだった。まったくもって、バカバカしい関係かもしれない。金田一一が見たら、鼻で笑うだろう。霧島純平が見たならば、怒るかもしれない。でも、そんな関係が妙に心地よくて、わたしはまた微笑んだ。
20170214
リクエストボックスより、「金田一少年の事件簿で、高遠落ち夢(原作沿い)」でした。「原作沿い」というリクエストでしたが、あまり原作にがっつり沿ってなくて、すいません。「亡霊教頭」事件の前後の裏話のようなお話です。
高遠さんには、ふつうの人と同じ恋愛をしてほしくないな~と常々思っていたので、こんなかんじになりました。少しでもお楽しみいただければ幸いです。