――人生を休もう。いつまでだって、ここにいよう。 

休日

「忠志くん!」
「黙れ」
ちょっと怒り気味に名前を読んだ私の声。毛布をかぶった彼は、寝返りを打ちながらそれに答えた。
「僕はまだ寝てるんだ。耳元で騒がないてくれないか」
彼は低血圧である。寝起きの状態で話しかけられると怒る。わたしも低血圧気味ではあるので、気持ちは分かる。
「でも、忠志くん。もう昼だよ? 起きないとニートだよ?」
「どうせ仕事も学校もないし、外に出たら捕まるし、寝てるしかないんだよ」
「食べて寝るだけじゃ、牛みたいになっちゃうよ? そんな忠志くんは見たくないな」
「それでも今は眠い。おやすみ」
彼は会話を打ち切って布団をかぶろうとする。わたしは全力で阻止する。
「寝ちゃだーめー!」
わたしは毛布を引っ張るが、それ以上の力で引っ張られているのでびくともしない。
「今日は久々に学校が休みなの。せっかくのお休みなのに、忠志くんがかまってくれないなんて寂しいよ」
「だが断る」
「忠志くんの意地悪! なまけもの! シスコン!」
彼は、最後の罵倒語を聞いて飛び起きた。「シスコン……だと……」
眉間にしわを寄せていた。機嫌が悪化している証拠だ。
「おい、訂正しろ。僕はシスコンじゃない。妙子が大好きなだけだ」
「それを世の中ではシスコンっていうんですー! シスコンなのに妹と遊んでくれない忠志くんサイテー!」
べー!と舌を出すわたしの反論はすでに小学生レベルになっていたが、彼はそんなことよりもシスコンという単語が気に食わないらしい。
「やっぱりシスコンってのは嫌だ。訂正しろ。訂正しないと――」
と言って、彼は布団を億劫そうに放り投げつつ、わたしの方へ向き直る。
無表情な彼の顔が近づく。キスされる気配を察して、わたしは思わず反射的に目を閉じていた。
「訂正しないと、キスするぞ」
耳元で囁かれた声を聞いて、驚いて目を開ける。すでに彼は離れていた。
「……キスしたら、訂正しなくてもいいの?」
わたしはそう問いかける。確かに、キスをする相手は『妹』ではないだろうから、一応、筋は通っている……ような気もする。あれ、でもその場合、『シスコン』は訂正しないんだっけ。やっぱり矛盾している。
「それだと、僕が君にキスを強要したみたいになるだろ。そんなのはごめんだな」
恋人同士なのだから、キスを強要したって構わないのに……というような理論は、口にしたら嫌がられそうだった。彼は、理性を神として崇めたがるような人間だ。性欲に流される怠惰な生活は、望むところではないのだろう。実際、彼の生活は怠惰としか言いようのないものなのだけれど、それは見なかったことにしておいてあげよう。
「忠志くん」
「……何?」
顔をしかめたまま答える彼は、もう布団を手に取ろうとはしなかった。目が覚めてしまったのだろう。
わたしは、にっと笑んでみせた。
「今日は、キスよりすごいことをしてもいいよ?」
そう言われた彼は、顔を赤らめてそっぽを向いた。
「……めったにない休日だし、そういうのも悪くないかもしれないね」
まったく素直でない彼の返答を聞いて、わたしは無意識に微笑んだ。




110208


こんな会話はしてるけど、結局サングラスで顔を隠して買い物や映画に行きそうですね、このあと。
顔を隠して目立たないようにデートするとか萌える。